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読んだり、書いたり、編んだり 

寺山修司『世界の果てまで連れてって』ハルキ文庫

書を捨てよ、町へ出よう
▽…読書とは、もっとも反行動的な実践なのだ。庄司浅水の「本の文化史」によると、書物の第一の敵は火だそうである。火の次が水、ガスと熱、塵埃となおざり、無知、紙魚ということだが、それらは実は二の次以下のものばかりであって、書物の最大の敵は行動である。
 体を動かすすべての実践は、その同一時間においては読書と背を向けあっているのだ。スポーツは勿論、散歩でさえも読書との共存はできがたい……そして、読書とは健康な肉体にとっては(在る時間をこすと)きわめて苦痛のともなうものだということも出来るようである。…(188-189ページ)

学校とは何か(200-206ページ)
▽…(戦後の学校経営は、実に合理的で、便利である。しかし、教育にだけ鍵って言えば、能弁の教育などより、吃音の教育の方がはるかに効果的だと私は思うのだが、受験のコツとか、社会生活をうまく切り抜けて行くコツだとかいったサラリーマン十戒的の教育法が学校教育のある傾向を代表していて、「何もないものを見る」ようなドグマにかけている)…

 …私なら、空想旅行の室内授業と、それらへの実体験とによる食いちがいから「日本を考える」ことの出来るような「旅行」という時間も絶対必要であると思うし、もし自分に巨大な土地を与えられた場合には、どのような町づくりをしてゆくか(たとえばどのへんに川を作り、どのへんに郵便局を作り、どんな生産活動によって町の経営を考えてゆくか)というような、基本経済などという授業だってあってもよい、と考えるのである。
 私がもし、小学校高学年から中学生のための学校を作った場合の、授業課目は次のようにするだろう。現代は、各人が各様の創造的イメージをもって、大胆に教育革新のプランを提起することが必要な時代と考えるから。

 作文--基本経済--旅行--詩--合唱--数学--選択球技--料理--英雄学--読書--生物--マンガ--工作--電気--衣服--親子研究--選択趣味--ドキュメンタリー--怪物--語学--基本歴史

ほんとうの教育者(207-210ページ)
▽…教育の主体はあくまでも教師の人格や、テキストの問題で論じられるべきではなく、生徒との「関係」として、ドラマツルギーとして論じられるべきである。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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