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「御厩」はどう読むか?(その5)

○鎌倉幕府の事跡を編年日記体に記録した史書「吾妻鏡」

▽1189年 (文治5年 己酉)
閏4月1日 庚寅
 右武衛の使者参着す。申さるる條々、去る月二十日大内修造の事始めなり。籐中納言兼光・左少弁棟範・大夫史廣房等これを奉行す。御管領の八箇国、その役に宛てしめ 給うべきか。官符未到以前たりと雖も、先ず内々触れ申すべきの由院宣を蒙るてえり。 また院の御厩司の事仰せ付けられ候なり。而るにこの職、元は按察大納言の奉行なり。 彼の亜相御欝陶に依って、官職を改めらるるの処、能保御縁者を以て、御意を伺わず、左右無く領状を申すの條、御聴に達するの時、所望を成すかの由、定めて御疑心を貽 さるべし。仍って辞し申しをはんぬてえり。
 …
閏4月4日 癸巳
 武衛の御返事を献ぜらる。造内裏の事、早く沙汰を致すべし。御厩司の事、勅定の上は辞し申せしめ給うべきに非ず。美津の御牧は、承り及ぶ如きは、御厩管領地たるか。 後代の為、今度尤も申し付けしめ給うべきやと。仍って彼の使者帰洛すと。

閏4月30日 己未
 今日陸奥の国に於いて、泰衡源與州を襲う。これ且つは勅定に任せ、且つは二品の仰せに依ってなり。豫州民部少輔基成朝臣の衣河の館に在り。泰衡の従兵数百騎、その所に馳せ至り合戦す。與州の家人等相防ぐと雖も、悉く以て敗績す。與州持仏堂に入り、先ず妻(二十二歳)子(女子四歳)を害し、次いで自殺すと。前の伊豫の守従五位下源朝臣義経(義行また義顕と改む。年三十一)左馬の頭義朝朝臣六男、母九條院の雑仕常盤。寿永三年八月六日、左衛門の少尉に任じ使の宣旨を蒙る。九月十八日叙留す。十月十一日、拝賀(六位の尉の時、畏み申さず)、則ち院内昇殿を聴す。二十五日、大甞會御禊ぎの行幸に供奉す。元暦元年八月二十六日、平氏追討使の官符を賜う。二年四月二十五日、賢所西海より還宮す。朝所に入御の間供奉す。二十七日、院の御厩司に補す。八月十四日、伊豫の守に任ず(使元の如し)。文治元年十一月十八日、解官す。

→「御厩司」の読みは分からないが、馬に関わる人なのだろう。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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