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「傾いて候」ブログより

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「傾いて候」ブログより


十七歳のとき
作家 小檜山博

 ぼくは中学を出たあと出稼ぎに行くことになっていたのが、
妻も子どももいる二人の兄が仕送りしてくれることになって、
実家から汽車で十時間もかかる街の高校の寄宿舎へ入った。
 毎月、兄や親から送られてくるおカネで寄宿舎の食事や授業料、
生徒会費やPTA会費を払うと、パン一個分の十円も残らなかった。
 寄宿舎の食堂で出される食事は朝が茶碗一杯きりのご飯と味噌汁、
小さなカレイ半分の煮つけとタクアン二切れだけ。
昼はコッペパン一個と牛乳一杯。夕食も朝食と似たり寄ったり。
食べざかりの十七歳がこれで間に合うわけがなくなった。
ぼくらは一年じゅう腹をすかせていた。
 それで夜中、ぼくらは近くの農家の畑へ行って
ジャガイモやカボチャを盗み、部屋で煮て食べた。
寄宿舎の生徒六八人のほとんどが盗むのだから、
農家はたまったものではなかったはずだ。
しかし馬鹿なぼくらは、ばれないことをいいことに次の年の秋も盗み続けた。
 それから四十九年たち、ぼくは小説を書くのを仕事にしていた。
ある日、僕は地方での講演を終え、
主催者など三十人ほどの人たちといっしょに食事をした。
 やがて、その中の一人の女性が
「私は、小檜山さんが高校生のときに入っていた寄宿舎のそばの農家の娘です」
と話しかけてきた。
ぼくは仰天し、息が詰まった。今六十二歳だという彼女が話しだした。
「当時、私は中学二年生でした。ある日、父は、作物を盗むのが寄宿舎の
生徒だとわかって、校長先生と舎監に抗議に行くため怒り狂って玄関を出たんです。
そのとき母が父に
『父ちゃん、やめとき。寄宿舎の子どもらは地方からきて、みんな腹すかせてるんだから、
仕方ないのよ。来年からイモもカボチャももっとたくさん作ったらいいべさ』
と言ってたんです。
父は玄関でしばらくぶつぶつ言ってたんですが、やがて家へ入ってきたんです。
そして次の年から、イモもカボチャもいままでの倍くらい作りだしたんです」
 彼女が話し終わったとき、ぼくは天をあおいだ。何てことだ、と思った。
あの農家の人たちは、ぼくらが盗むぶんまでも作ってくれていたのだ、
ぼくらは、あの農家の方々によって生かされていたのだ。
 ぼくは言葉を失い、顔を上向けつづけた。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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