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陸軍落語兵―涙と笑いの続与太郎戦記(春風亭柳昇)

陸軍落語兵―涙と笑いの続与太郎戦記(春風亭柳昇)陸軍落語兵
―涙と笑いの続与太郎戦記

(1971/10)
春風亭柳昇

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『与太郎戦記』の続き。装幀やカットはこの本でもおおば比呂司(この人は柳昇さんと一つ違いで、陸軍で航空隊につとめた経験があるそうだ)。前著で書き足らなかったことを書いたとある。

柳昇さんが入隊したのは、昭和16年の2月、その年の暮れには日本は大東亜戦争に突っ込んでいく。初年兵として教育訓練を3ヶ月受けたあとは戦地に送られ、次の初年兵がまた入ってくる。だが、柳昇さんは、初年兵教育掛りの助手を命ぜられて、しまいには「また初年兵教育か」とうんざりするほど、兵隊を育てては戦地へ送り出す役目を担っていた。

その教育掛りからみた初年兵のようすから、当時の戦況が(いまでは)わかる。
▼私が初年兵として入隊した頃は、身体のガッチリした者ばかりだったが、大東亜戦争勃発とともに、第一乙、第二乙種という、身体の頑健でない人達がいっぱい召集で入隊してきた。
 この人達は、
「おれは身体がよくないから、兵隊にはとられないんだ」
 という安心感を持っていたに違いない。そこへ召集令状が舞い込んで入隊してくるのだから、見た目にも弱々しい。
 いくら訓練を激しくしても、ヒョロヒョロした人達の集団は、いっこうに強そうにならない。
 お昼の休憩のとき、教官の石田少尉殿は小声で、
「南方で連戦連勝と言うけれど、こんなのが大勢行ってるんだぜ。こんなのに負けるんだから、敵はよほど弱いんだな」
 敵と味方のどちらが聞いても怒り出すようなことをいった。(p.15)

しまいにはうんざりするほど教育掛りをやった柳昇さんは、初年兵をあまり殴らなかった。それは「別に、温情家だったから新兵を殴らなかったのではない。前にも書いたように、何回も何回も同じ教育掛りをやらせられたので、殴るのがあきちゃったのである」(p.28)という次第だった。

軍隊の人の移動の多さと儚さについて書かれたところは、なんとも印象的だった。

▼絶えず人が移動する軍隊では、転属、配属替えは四六時中です。
「ではお世話になりました」
 ろくにあいさつする間もなく、右と左に別れて行って、二度と会えないことがずいぶんあります。
 会えないだけではなく、そのまま生きて還らぬ人もいます。
 それが日常茶飯事の戦場なのですから、はかないというしかありません。(pp.1-2)

(4/19了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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