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与太郎戦記―ああ落語家兵士、生と死の泣き笑い(春風亭柳昇)

与太郎戦記―ああ落語家兵士、生と死の泣き笑い(春風亭柳昇)与太郎戦記
―ああ落語家兵士、生と死の泣き笑い

新装版(1987/08)
春風亭柳昇

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三作目の『与太郎戦記ああ戦友』を先に読んだあと、図書館で単行本を借りてきて、最初の『与太郎戦記』を読む。装画・挿絵はおおば比呂司。最初は1969年に出た本らしいが、図書館にあったのは1987年刊の新装版。

のちに落語家となった春風亭柳昇こと秋本安雄が徴兵検査を受けて入隊する「初年兵はツラいの巻」から始まり、からくも玉砕を免れて終戦を迎え除隊するまでを書いた「玉砕未遂で終戦の巻」にいたる7つの章で、兵隊生活を描く。『きけ わだつみのこえ』を遺したような、大学まで行って出征した人たちが書いたものとは、まったく趣の違う戦記である(ダジャレ混じりだったりするし)。

柳昇さんは「まえがき」をこう書き始めている。
▼馬鹿馬鹿しいお笑いを…というのは私たち落語家[はなしか]がよく使うセリフですが、世の中には馬鹿馬鹿しい…というお噺がよくあるものです。
 それがまた当人が真剣であればあるほど、第三者から見ればたまらなく可笑しい、ということもよくあります。
 戦争がそうです。
 戦争は生き死にに関わる、文字通り生命がけのものです。その生命がけの中での馬鹿馬鹿しいお噺。
「そんな馬鹿な!」
 と読者のみなさまは思われるでしょうが、実際にあったのです。それを私は忠実に書いてみました。
 …(略)…
 戦争責任、そんなことは私にはわかりません。兵隊は日本でも、アメリカ、ソ連でも、みんな命令により戦場に送られ「お国のために」と思って戦い、死んでゆきました。兵隊さんには罪はないのです。
 そんな想いで、『与太郎戦記』を書きました。(pp.3-4)

オッチョコチョイの上にマジメ人間の秋本少年は、甲種合格を言い渡されるなり、「自分は、歩兵を希望いたしまァす!!」(p.16)と声をはりあげ、"消耗品"といわれる、いちばんワリの悪い兵科を選んでしまう。"散兵線の華と散るこそ、武人の誉れである"なんてェ教育※をマトモに受けてしまったせいだと書いている。

秋本少年は小学校のあとは尋常高等小学校へ進むが、新聞配達のアルバイトをしていたせいで、学校で眠くてしかたがない。働くオンリーにしようと、高小を中隊して、近くの横河電機へつとめ、兵隊に行くまで足かけ9年働いた。会社では青年学校とブラスバンドの両方に入って、マジメにやっていたという。

書いたものを残したり、という点では、人数ではずっと少なかったはずの大学生の存在感がやたら大きいが、兵隊に行った人たちの大半は、柳昇さんのような人たちなのだと思う。

(4/17了)

※「歩兵の本領」という軍歌の一番の歌詞に、「万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれては 散兵線の花と散れ」とある。桜の花のように美しく散って死ぬことこそが兵隊の名誉だと当時は教えられたのだろう。
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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