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南の島に雪が降る(加東大介)

南の島に雪が降る南の島に雪が降る
(2015/03/10)
加東大介

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最初に本屋で見かけたときに、(締切の原稿がすんでから…)と思って、ちらっと見て棚に戻した本を、やはり読みたくて(原稿をすませて)翌日さっそく購入。

前日にパラパラと見たとき、巻末に沢村貞子の文章があって、なんで沢村貞子?と思っていたら、この『南の島に雪が降る』を書いた加東大介(出征時の芸名は市川莚司)は、おていちゃんの弟なのだった。前進座の役者として大阪での公演中に赤紙がきて、加東は西部ニューギニアのマノクワリへやられる。

昭和18年、当時すでに「ガダルカナルや東部ニューギニアは、敵の猛反攻に押しまくられて、日本はピンチに陥っている、と聞かされていた。」(p.21)

生きて帰れないんじゃないかというジャングルで、兵隊たちの滅入るいっぽうの士気を"鼓舞"するため、またイラだった気持ちをやわらげ仲良くに暮らしていけるようにしたいとの上官の命により、演芸分隊がつくられた。

ばたばたと戦友が死んでいくなか、自分たちも"必死"で芝居をした当時を、思い出して書いたものだという。非常時のなかで芝居をやる人、それを見る人たちのことが思われ… 買ってきた晩にどわーっと読んでしまったが、翌朝もう一度読みなおす。

いい本だった。
ほんとうに戦友がつぎつぎ死んでいく。火葬だと空襲の標的になるため土葬にするが、みんなヨレヨレで埋葬の穴を掘っていた人のほうも亡くなったりする。「穴を掘ってもらえる人は、しあわせです。いまに、掘るものがいなくなりますよ。早く死ぬほうが得です」(p.61)とつぶやいていた、中年をすぎて応召されてきた老中尉もまもなく亡くなったという。

本のタイトルにもなっている「南の島に雪が降る」は、しょちゅう梅雨のような空の、四季がないマノクワリで、司令官から「ここは一年じゅう、いつもこんな気候だ。兵隊たちは秋や冬をほしがっていると思うのだよ。雪を見せてやってもらいたいんだ」(p.215)と注文されて、芝居のなかで雪を降らせた話による。

大詰の幕があき、一面の銀世界の舞台をみて、「雪だアッ!」の叫びが客席でいっせいに爆発したという。公演の何日目か、大詰の幕があがると、いつもならとたんにワアーッとくるところが、さっぱりどよめきがわきおこらない。客席のほうをのぞくと、みんな泣いていた。

▼みんな泣いていた。三百人近い兵隊が、一人の例外もなく、両手で顔をおおって泣いていた。肩をブルブルふるわせながら、ジッと静かに泣いていた。
 「今日の部隊は?」
 「国武部隊ですたい」
 「どこの兵隊ですか?」
 「東北の兵隊とです」
 (p.222)

芝居が終わって、隊の将校が挨拶にきて言う。「ウチのものは、みんな、雪のなかで生まれて、雪のなかで育った連中ばかりなんです」「都会のかたには、おわかりにならないでしょう。しかし、わたしたちには、望外のよろこびでした。生きているうちに、もう一度、雪が見られるなんて…」(pp.223-224)

このマノクワリの劇団は、日本の敗戦後には、"生きて帰る希望"になった。演芸分隊の村田大尉は、もう芝居どころじゃない、演芸は終わりだという隊員たちに「これからは、兵隊たちの気持にますますメドがなくなるときだ。演芸でつなぎとめるしか、方法がないじゃないか」(p.247)と語った。

▼なるほど──と思った。いままでとちがって、これからは生きて帰れるというのぞみはできた。が、同時に、それがいつかわからないという焦燥感もともなうのだ。いまでもポツリポツリと戦友が死んでいく毎日だけに、村田大尉のコトバは胸にしみた。(p.247)

ここを読みながら、これも何度も読んだ『収容所[ラーゲリ]から来た遺書』を思いうかべた。帰る希望を失わないために、シベリアの収容所で仲間と句会をひらき、一日、一日を生きようとした山本幡男さんたちの姿と、マノクワリの劇団員たちの姿は重なるところがある。

文庫では、姉の沢村貞子が「後記」を書き、保阪正康の「解説」(これは光文社知恵の森文庫版の解説を再録したものという)、さらに加東の息子・加藤晴之の「付記」がついている。

文庫をぐるぐる2周読んだあと、図書館に、初版の単行本があったので借りてみた。息子が書いた文章に「かわいい絵の表紙(谷内六郎さん画)」とあるのを見てみたくて。

ネットで出てくる表紙画像によると、そのかわいい絵はこんなのらしい。

南の島に雪が降る(加東大介)

図書館の初版本は、表紙カバーが外されたのか、あるいは破られたのか、ブッカーの向こう側に、カバーの袖のあたりがわずかに残っているだけだった。本体の表紙は、ヤシの木の絵に手書きのタイトル文字。版元は文藝春秋新社、装幀は谷内六郎(「風流夢譚」の初出のタイトルイラストも谷内六郎だったなア)。

奥付には、いまでは考えられないが、著者の「現住所」が載っている。初版本の口絵の写真のなかには、文庫版には掲載されていないものがある。

口絵1枚目、上にある写真のキャプション:「浅草の灯」のダンディなベラゴロ山上七郎に扮した筆者。背後が「マノクワリ歌舞伎座」の楽屋で、右は演芸分隊の宿舎。衣裳は細野大尉の作製によるもの。(この下にある筆者の写真は、文庫版にも掲載されている)

口絵2枚目の写真2枚は「二人の女形スター、斎藤弥太郎(右)と叶谷利明両氏の艶姿?」というのと、「坂本龍馬に扮するは青戸光、相手役は長束丈助の両氏」というもの。

その下には、記録「演芸詳報」の表紙とおぼしきものが掲出されている。このキャプションには「マノクワリ演芸分隊の"戦闘記録"ともいうべき演芸詳報。博多仁輪加の篠原竜照曹長が連合軍の検閲の目をかすめて持ち帰った貴重なもの」とある。この本を書くには、「連合軍の検閲の目をかすめて持ち帰った貴重なもの」のおかげもあったことだろうと思う。

口絵3枚目の上の写真は、「「カチューシャ」の斉木邦男(右)と今川永喜の両氏。右後方は「マノクワリ歌舞伎座」の電気小屋。」というもの。その下の「一本刀土俵入」のプログラムは、文庫版にも掲載。

口絵4枚目は、「現在の加東大介一家、真砂子夫人と愛息晴之君」の写真で、この息子さんが、文庫版の巻末で父の本のことを書いている。

逆に、初版本にはなくて、文庫版に掲載されている写真は、文庫p.29の上の写真「入隊前夜、夫人と舞う「鶴亀」」、文庫p.161の「右から2人目が著者」というマノクワリでの写真(この写真は文庫カバーにも使われている)、文庫p.263の上の写真「(右)蔦浜助夫氏 (左)滑川光氏」というもの。

初版本の口絵写真にうつる劇団員たちの姿をみて、兵隊たちのあいだでの"女形人気"などが少し想像できる気がした。

(3/13一読、3/14二読)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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