読んだり、書いたり、編んだり 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

太陽の塔(森見登美彦)

太陽の塔太陽の塔
(2006/05/30)
森見登美彦

商品詳細を見る

この人の名前は知っていたが、本を読んだことはなかった。こないだ、最寄りの図書館が蔵書点検で休みのあいだに、久しぶりに2駅隣の図書館へ行ったときに、ブックトラックに並んでいたこの文庫の太陽の塔というタイトルがどうしても気になって、借りてきた。

表紙カバーの左上に太陽の塔の絵がかいてある。文庫巻末に解説を寄せている本上まなみが「実は、わたしは万博公園のすぐ近くで育ちました」(p.232)と書いているのと同じように、私も万博公園の近くで生まれ育った。保育園の遠足も万博公園だったし、小学校の毎年の写生会も万博公園だったし、なにかというと万博公園だった。私が小5まで住んでいたのは、万博公園まで子どもの足で遠足というほどの位置にある団地だった。

私が子どもの頃には太陽の塔の屋根※もまだあった。おそらく、この小説の主人公・森本は、屋根から顔(てっぺんの未来の顔)をのぞかせた太陽の塔を見ていないのであろう。万博公園から歩いてすぐのところにあったマンションに住んでいた森本は、週末になると両親に連れられて公園に出かけた、という。

▼…私の人格の底辺界隈はほとんど万博公園の風景で埋め尽くされている。その風景の中ににゅううっと屹立して、あたりを睥睨しているのが太陽の塔であった。 …(略)… 私の場合、まずそこに太陽の塔があった。太陽の塔には人間の手を思わせる余地がなかった。それは異次元宇宙の彼方から突如飛来し、ずうんと大地に降り立って動かなくなり、もう我々人類には手のほどこしようもなくなってしまったという雰囲気が漂っていた。 …(略)… むくむくと盛り上がる緑の森の向こうに、ただすべてを超越して、太陽の塔は立っている。(pp.115-116)
と、やっと小説の半ばあたりになって、太陽の塔が出てくるのだが、そこまでは、ひたすら、「休学中の5回生」である男子大学生・森本の頭の中の妄想のようなものを縷々読まされる。これは、森本の手記というかたちをとった小説である。全体に妄想が疾走しており、太陽の塔は刺身のツマ程度の登場である。

森本と、その周りの類友、すなわち「女ッ気」のない大学生活を送ってきた者どもが描かれる。そのもようは、巻頭のこのあたりに凝縮されているように思われる。

▼かつて私は自由な思索を女性によって乱されることを恐れたし、自分の周囲に張り巡らされた完全無欠のホモソーシャルな世界で満足していた。類は友を呼ぶというが、私の周囲に集った男たちも女性を必要としない、あるいは女性に必要とされない男たちであって、我々は男だけの妄想と思索によってさらなる高みを目指して日々精進を重ねた。あまりにも高みに上りつめすぎたために今さら下りるわけにもいかない、そもそも恐くて下りることができないと誰もが思いながら口をつぐみ、男だけのフォークダンスを踊り狂った。(p.7)

しかし森本は、3回生の夏に「恋人」をつくったのだ。周囲からは「いたいけな1回生を騙くらかしたと非難囂々」(p.8)だったが、森本は嬉しかった。そして喜んでいる自分に、恋人ができたくらいでそんなに嬉しいのかとツッコミを入れていた。その「水尾[みずお]さん」という彼女は、その後、森本を振った。

森本の長きに亘る「水尾さん研究」は、彼女から「研究停止」の宣告を受けた。しかし森本はへこたれることなく、自身の研究能力と調査能力と想像力をもって、研究を続行してきた。その研究の副次的な目標は「彼女はなぜ私のような人間を拒否したのか」(p.11)という疑問の解明にあった。

手記には、「この研究は昨今よく話題になる「ストーカー犯罪」とは根本的に異なるものであった」(p.11)と書いてあるが、研究成果をもとに水尾さんの現在位置を推定し、そこへ赴くといったところはストーカーといってよいだろう。だって、彼女の帰宅を見届けるために、森本は彼女のワンルームマンション近くの道端で、「素早く携帯電話を取り出し、待ちあわせをしているのに相手が15分も遅れているのでむしゃくしゃしている二十歳すぎの若者を巧みに演じ始め」(p.22)るのだ。そりゃ、立派なストーカー。

ただし、森本の妄想はでかいが、かなり気が小さい。彼女のマンションの前で、突然現れた男から指さして「これ以上、彼女につきまとったら警察を呼ぶ」(p.26)と言われ、その男を仔細に観察して、愛車の「まなみ号」(自転車)を放置したまま撤退。

実はここで現れた男・遠藤もまた、「水尾さん」に懸想するらしきストーカーまがいであることが後に判明する。その遠藤について、類友・飾磨に頼んで調査をおこなった森本は、自分の行動を遠藤につけられていたことを知って、「何ら被害を被ったわけではないが、ひどく不愉快な気分だった」(p.85)と綴る。オマエにつけられている水尾さんも、きっと不愉快であろう、と私は思う。

▼「やつめ、どういうつもりだ?」
 私は呟いた。
 「さあな。君に惚れてるんじゃないのか」
 飾磨は言った。「これで君も、つけられる人間の気持ちが分かったろう」
 人のことは言えまいと私は思った。(p.85)

ともかく、女に縁のない森本ならびに類友の面々は、クリスマスの嵐が憎くてしかたがない。小説の後半は、遠藤や水尾さんの話を交えつつも、クリスマスファシズムへの闘いが記される。類友どもが集った鍋の夜、飾磨の演説がおこなわれた。「諸君。…昨今、世の中にはクリスマスという悪霊がはびこっている」(p.144)云々と。

▼…彼らがそうまでして我々の心の平安を掻き乱すつもりならば、我々にも考えがある。我々も彼らの大切な一日をめちゃくちゃにしてやることができる。何が特別なのか知らんが、世間ではクリスマスイブは特別である。クリスマスイブに比べたらクリスマスイブイブは重要ではない。ましてクリスマス当日などはなおさら無意味である。クリスマスイブこそ、恋人たちが乱れ狂い、電飾を求めて劣等を驀進し、無数の罪なき鳥が絞め殺され、簡易愛の巣に夜通し立てこもる不純な二人組が大量発生、莫大なエネルギーが無駄な幻想に費やされて環境破壊が一段と加速する悪夢の一日と言えるだろう。彼らが信じ込んでいるものがいかにどうでもいいものか、我々が腹の底から分からせてやる。今年のクリスマスイブ、四条河原町を震源地として、ええじゃないか騒動の再現を提言するものである」(pp.145-146)

そして、クリスマスイブ、者どもは決起する。

飾磨が小さな声で発した「ええじゃないか」の一言から、「ええじゃないか」の声が湧き起こり、四条河原町周辺で押し合いへしあいする人々が楽しそうに「ええじゃないか」と発する声が響き渡る騒ぎになったのを見届けた。

この作品は、2003年に日本ファンタジーノベル大賞、というのを受けているそうである。ファンタジーという語感と、この小説を綴る変な文体とは、私のイメージの中で齟齬があるが、なんやこのストーカー男、と思いつつも、最後まで読んでしまった。

太陽の塔は、主人公・森本にとって畏怖する対象であるとともに、それと出会った水尾さんをいたく執着させることになった存在として描かれる。森本に連れられて初めて万博公園を訪ねた水尾さんは、姿を現した太陽の塔に「うわっ、うわっ、凄い」(p.118)と言い、「凄いです。これは宇宙遺産に指定されるべきです」(p.118)と語り、森本に対するよりもはるかに勝る情熱を太陽の塔に傾けた。

大阪へ来る友人知人が、ときに「太陽の塔」を見たいと言って、一緒に行くことがある。初めて見る、という人もいる。そうして初めて太陽の塔に出会う人たちの新鮮な驚きや感動を思い出すと、水尾さんの「うわっ」という感慨も分かる気がする。

子どもの頃からあまりにも見慣れてしまっている私は、一緒になって改めて太陽の塔をつくづく眺め、(こんなんがにゅううっと立ってるのは、やっぱりヘンな風景よなア)と思う。

(2/17了)

※太陽の塔の屋根
万博記念公園のサイトには、
http://www.expo70.or.jp/cause/expo/tower-of-sun/
「巨大な大屋根は1977年から1978年度(昭和52年から53年)にかけて撤去されました」とある。この小説の作者は1979年うまれだというので、生まれたときにはもうあの大屋根はなかったのである。

※カバー装画の原画
影山 徹「太陽の塔 2004」
http://www.tis-home.com/toru-kageyama/works/3
文庫カバーではトリミングのために右上の大文字が見えなくなっている。京都の山と、おそらく叡山電車と、向こうにそそりたつ太陽の塔(単行本では、裏表紙にも絵がつながっているようだ)。
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/5213-44b47fba
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ
 
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。