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NOヘイト! 出版の製造者責任を考える(ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会/編)

NOヘイト!  出版の製造者責任を考えるNOヘイト! 出版の製造者責任を考える
(2014/10/30)
ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(編)

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出た頃から気になっていた本。入手してみると、思っていたより小さい本だった。李信恵さんの『#鶴橋安寧―アンチ・ヘイト・クロニクル』を読んだあと、続けて読む。

「出版業界の製造者責任」についてのシンポをまとめた三章でとくに印象に残ったのは、1995年のオウム事件のときに、何を書いてもオウムからの反論がなく、書き放題の風潮のなかで「記事の裏をとるという最低限のタガが外れてしまった」という、かつて週刊誌記者をしていた人の話。

▼これが日本のマスメディア、特に週刊誌の質を落とすきっかけになったと思います。最近の週刊誌にも、すさまじい見出し文句が毎週並び、韓国や中国側の反論をあえて無視して、裏取りのない記事を書き連ねている。ヘイト本もこの流れのなかにあります。マスメディアが記事の作り方の基本に立ち返り、ジャーナリズムとしての体制をもう一度作りなおさないと、この現象はなくならないのではないか。…(略)… マスメディアが立ち止まって、きちんとした記事づくりに立ち返ることをわれわれが応援しなければ、この国の未来は厳しいと思います。(p.90)

この「タガがはずれた」ことは、四章の「ヘイトスピーチと法規制」のなかで、弁護士の神原元さんが述べている"知る権利の危機"につながっていると思える。
20世紀、マスメディアの発達により、それらメディアから大量に一方的に情報を流す「送り手」と、その情報の「受け手」である一般国民との分離が著しくなったために、表現の自由を捉えなおして、「表現の受け手の自由(聞く自由、読む自由、視る自由)を保障するためそれを「知る権利」と捉えることが必要になってきた」(『憲法 第三版』163頁)と、かつて憲法学の巨人・芦部信喜は述べた。

この「知る権利」に対して、メディアには正しい情報を提供する「責任」があると芦部は考えたのだ。だが、インターネットの普及が、「情報の受け手と送り手の分離」という状況を一変させた。そのことを神原さんは、「現代における「知る権利」の危機と出版関係者の責任」としてこう語る。

▼ネットに流通している情報は、その多くが発信元も分からないものであるという意味で、「情報」というよりは、「噂話」であり、都市伝説であり、フォークロアだといえる。しかるに、人々の活字離れが進み、アクセスが容易なインターネットに頼るようになると、人々の認識は、活字で得た「情報」より、インターネットで得た「噂話」に支配されるようになる。極端な人々は、「ネットで真実を知った」と考えはじめ、「メディアは真実を伝えていない」と憤り始める。(pp.115-116)

そして、戦前の状況と現代を比較して、煽る主体が「新聞」「ラジオ」から、「インターネット」に変わった点と、その新旧のメディアの関係をこう述べる。半藤一利と保阪正康の『そして、メディアは日本を戦争に導いた』を思い出させる。

▼第二次大戦当時、ラジオは、今のインターネットと同じく「新しいメディア」であり、新聞は「ラジオに負けじとばかり」競って号外を流し、戦争を煽ったことも忘れてはならない。当時の「新聞」と「ラジオ」の関係は、新出の後者が前者を圧迫しつつあったという意味で、今の「出版物」と「インターネット」と同じ関係にある。(p.117)

こうした批判に対して、リベラル派も売れる本を出すべき、それが言論には言論でという意味だろうと出版関係者からは言われるが、売れる本が正しい本ではない(それは市場原理を思想の世界に持ち込んだ仮説にすぎない)し、20世紀の現実から学んだことは「嘘もくり返せば人々は信じる」という事実なのだと神原さんはいう。さらに、「「思想」は左右いろいろあってよいが、自己の思想を支えるために、「虚偽の事実」を本に書くなと言っているのだ」(p.118)と神原さんは強調する。

この本の一章「現代の「八月三一日」に生きる私たち」は、『九月、東京の路上で』の著者、加藤直樹さんの講演をもとにまとめられている。加藤さんは、関東大震災の起こったあの九月一日の前日にいるのと同じ状況ではないかと問いかける。

▼関東大震災が起きたのは一九二三年九月一日でした。そして震災の混乱のなかで、朝鮮人虐殺が引き起こされた。なぜそんなことが起きてしまったのかについて、研究者たちがさまざまに分析しています。しかしそれは、起きてしまった後だから言える結果論にすぎません。つまり、一九二三年八月三一日に、明日、大地震が起きて、そのとき「朝鮮人が暴動を起こしている」との流言が広がって罪のない人たちが殺されるだろうと予測していた人は、一人もいないわけです。
 だとすると、私たちもまた、現代の「八月三一日」に生きていると考えなくてはいけない。それは地震ではなく、戦争がきっかけになるかもしれない。あるいは、われわれがいま思いもつかない別の何かかもしれない。…(略)…
 関東大震災の研究者たちは。震災時の流言と虐殺の背景に、それまでに朝鮮人への別紙や恐怖を煽ってきたメディアの問題があったことを指摘しています。私たちの生きる「八月三一日」のメディアの状況はどうでしょうか。(pp.36-37)

二章は、書店員へのアンケートをもとにした「書店員は「ヘイト本」をどう見ているのか?」で、本を仕入れ、読者に手渡す現場である書店で働く人たちの見た現状がおおよそうかがえる。私が日々うろうろする最寄りの本屋にも"ヘイト本"の類はそれなりに並んでいて、これを棚に並べる人はどんなことを感じているのだろうと思っていただけに、興味ぶかく読んだ。

裏取りをしないテキストがあふれ、虚偽の事実が書かれた本が出ている、それが現状。そのなかで自分にできることは…と、この小さい本を読みながら考える。

(2/9了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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