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殺人出産(村田沙耶香)

殺人出産殺人出産
(2014/07/16)
村田沙耶香

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『変愛小説集 日本作家編』に収録されていたこの人の「トリプル」がおもしろかったので、なにやら怖ろしげなタイトルながら借りてみたが… 表題作はちょっと怖かった。

未来の、「今」とは価値観が変わった世界を描き、ひるがえって「今」信じているものや、「今」アタリマエのことは、ほんまにそうなのか?と問いかける。そんな作品が4つ。

表題作「殺人出産」は、「10人産んだら一人殺してもいい」という殺人出産システムが海外から導入された100年後の世界を描く。その未来の世界でも殺人はいけないこととされているが、殺人の意味は大きく変わっている。たとえば、学校で教師はこう語る。「命を奪うものが、命を造る役目を担う。まるで古代からそうであったかのように、その仕組みは私たちの世界に溶け込んでいったのだ」(pp.12-13)と。
▼恋愛とセックスの先に妊娠がなくなった世界で、私たちには何か強烈な「命へのきっかけ」が必要で、「殺意」こそが、その衝動になりうるのだ、という。
 殺人出産制度が導入されてから、殺人の意味は大きく変わった。それを行う人は、「産み人」として崇められるようになったのだ。(p.13)

さらに産み人としての正しい手続きを経ずに殺人を犯した人には、「産刑」が科される。教師は、死刑よりも産刑のほうがずっと知的で、生命の流れとしても自然なことだと語る。その産刑とは、「女は病院で埋め込んだ避妊器具を外され、男は人工子宮を埋め込まれ、一生牢獄の中で命を産み続ける」(p.13)というもの。

殺したい人がいるから産む、と言われると、私はやはり倒錯した感じを受けてしまう。10人を産み終えた「産み人」から、殺すと名指された相手はどうなるのだと思ってしまう。そんなことを考えつつ、殺人=悪という常識が反転した未来を想像してみたとき、向こうからこちらの世界はどう見えるのだろうとも思った。

「今」にしたって、ほんの数十年前には、戦争でたくさんの人を殺すと勲章がもらえたりしたのだし、反戦や厭戦を表明すると引っ張られたりしたのだと思うと、(なんで、そんなことができたのだろう)と感じるわけで、100年くらい経って、3代か4代くらい世代が変われば、「今」のこの時代のあれこれが"信じられない"過去に見えるのかもしれない。

この本にも収録されている「トリプル」は、十代の間では、カップルよりもトリプルで突き合っている子たちのほうが多い、「三人で付き合うという恋人の在り方は、十代を中心に、ここ五年くらいで爆発的に広がった」(p.119)という世界を描く。

高2の真弓は、同じ高2の真と圭太と三人でつきあっている。大人は眉をひそめ、トリプルを流行だというが、「流行とは大人が言った言葉で、私たちの間ではこちらのほうが自然なことになりつつある。…(略)どうして「二人」で付き合うのだろう? 誰が決めたのだろう?」(p.120)と真弓は思う。

トリプルで付き合っていることを母に罵られ、友人カップルのセックスを偶然目撃してしまった真弓は、まるで汚されているみたいだと泣き、「私たちのちゃんとした、『正しいセックス』をしよう」(p.147)と二人に懇願する。

そのとき誠が言うのだ。「真弓、『正しいセックス』なんて、この世にきっと、ないんだよ。僕たちにとってあれが正しいみたいに、きっとお母さんや友達にとっては、カップルのセックスは正しい行為なんだよ」(p.147)と。

なにが"自然な"ことか、そういう価値観も、ふわっと変わる可能性があるのかもと思わせる。

3作目の「清潔な結婚」は、「性」を可能な限り排除した結婚生活を送るミズキと夫の物語。「清潔な結婚希望」「性別のくくりに囚われない、仲の良い兄妹のような、穏やかな日常を希望します」(p.155)というところに引かれて結婚したミズキ。恋愛の延長線上で家族を探すことに違和感があるという話に共感し、夫とは家で一切の性行為を禁じて暮らした。ただ困ったのは、二人がどちらも子供を希望していたことだ。

「クリーン・ブリード」、直訳すれば清潔な生殖、医療行為としてのセックスを掲げる医療機関を二人は受診し、そのクリーン・ブリードを利用して、プラグをコンセントに差すかのような生殖を補助される。術後、夫はしばらくぼったくりだ!と怒っていたが、悪くなかったかもしれないと言い出す。

▼「いや、とにかく、僕は君と性行為をしたという感覚がまったくないんだ。そういう意味ではよかった。僕たちの間に、『性』が持ち込まれなかったっていうことなんだから」(p.180)

最後の「余命」は、医療が発達し、「死」がなくなった世界のはなし。老衰もなく、事故死や他殺もすぐ蘇生できるようになって、人は「そろそろかな」と思ったときに、自分で好きなように死ぬようになった。本屋には、死に方に関する本が並んでいる。そのタイトルは、たとえば『女子にぴったり! 可愛い死に方100選』とか、『男のインパクト死! 印象に残る死に方でかっこよく逝く方法』とか、『愛される死に方ランキング☆図解説明付き』とか。

▼医療がここまで発達する前は、死は向こうから勝手にやってくるものだったという。楽でいいなあと思う。今はわざわざ、人目を気にしてセンスのいい死に方を探しながら自分を葬らなくてはいけないのだから。(p.188)

自分で決めて選ぶのだという"尊厳死"を皮肉っているような気もした。

(1/29了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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