読んだり、書いたり、編んだり 

一九六一年冬 「風流夢譚」事件(京谷秀夫)

一九六一年冬 「風流夢譚」事件一九六一年冬 「風流夢譚」事件
(1996/08)
京谷秀夫

商品詳細を見る

深沢七郎の「風流夢譚」は、私が読んでみたいと言っていたら、本読みの友が古い古い掲載誌(『中央公論』)のコピーを持っていて(!)、それを送ってもらって読むことができた。

その前に図書館で「風流夢譚」を読みたいと尋ねたら、これに載ってるかどうか見てみてくださいと言われ、予約して借りたのがこの『一九六一年冬 「風流夢譚」事件』だった。「風流夢譚」の小説そのものが再録されているわけではなかったけれど、この本の著者は当時『中央公論』の編集次長をしていた人で、読みはじめたらそのまま読んでしまった。

『中央公論』の内側にいた人が、いろいろと資料や自分のメモを元に書いていて、『深沢七郎ライブ』でも、矢崎泰久が「風流夢譚」事件のことを少し書いていたが、立場が違うと見えるものが違うなーと思った。

1960年の『中央公論』12月号(発売は11月10日)に掲載された「風流夢譚」に対し、右翼団体が深沢七郎や掲載した中央公論社に抗議を続け、ついには1961年の2月1日に、中央公論社長の嶋中鵬二宅を右翼少年が襲うという殺傷テロ事件となった。
亡くなった丸山加禰さんは、嶋中宅の家政婦とかお手伝いさんとよく書かれているが、「[中央公論]社の丸山君のお母さん」p.147)でもあったという。嶋中夫人・雅子さんは重傷を負った。

著者は事件後に配置転換され、当時の編集長は解任で辞職、もう一人の編集次長も配置転換になったという。この本は、私が読んだ平凡社ライブラリー(1996年刊)に入る前に、晩聲社から1983年に出ているが、1960-61年の事件について書いたものを20年以上経って出すときにも、まだ著者はいろいろな警戒を解けなかったし、周囲への影響をよくよく考えていたのだなーと思った。それは、事件について作家とか評論家のコメントを引用したり、あの人がこう言ったという話を書くときに、基本的に実名を出しておらず、分かる人には分かるような書き方になっていること。

読んでいる私は、(たぶんこれはあの人…)と推測できるところもあったけど、全然よく分からないところもあった。

この本にも、「風流夢譚」はこんな内容が書かれていて…とあらすじは書いてあるが、小説の現物を読んだ私には、やはり現物を読まずにああだこうだという話を読んでも隔靴掻痒やろうなーと思えた。

「風流夢譚」の前には、社会党の委員長が演説中に刺殺された浅沼事件があったり、それと深沢がこの小説を着想した根っこのところには、安保改定反対のデモとか、国会突入で学生(樺美智子さん)が死んだとか… 矢崎が『深沢七郎ライブ』で書いている文章ではいまひとつぴんと来てなかったけど、そのあたりの時代状況にあの小説を置いてみたときにどうか、というのもちょっと分かった気になった。

テロ事件が起きた同じ1961年の12月に、中央公論社では『思想の科学』事件が起きている。

▼当時、中央公論社が発売を引き受けていた『思想の科学』が天皇制の特集を行なったが、発売寸前に中央公論社はこれを発売中止し、破棄断裁した。…(略)…『思想の科学』事件とは(略)単に天皇制特集号の発売を中央公論社が中止し、同号を破棄・断裁したことだけでなく、その後、中央公論社が社内に保存されていた一部を公安調査庁の係官に閲覧させたこと、さらにその一部分を右翼の実力者に、彼の要請にしたがって提供したこと、これらの行為に対して思想の科学研究会が中高校論者との執筆関係を絶つことを表明したことなどの一連の出来事の総体を指すと理解しなければならないであろう。(pp.259-260)

「風流夢譚」事件に対して、中央公論が社として示した「お詫び」や「社告」と似た発想のものが、この『思想の科学』事件に際しての「談話」にもあらわれていると著者は指摘する。それは、「世間をお騒がせして」という文言に象徴されている。すなわち、だれに対して何の件で謝罪するかが曖昧にされていると。

著者は、テロ事件の後になって考えてみると、事件以前には見えていなかったことがいろいろと見えてくると書く。目を瞠っていたならば、右翼が『中央公論』に狙いをつけて攻撃の機会を窺っていたであろうことも見えたのではないかと書く。振り返ってみれば、右翼の攻撃の主眼は、天皇や国民に対する侮辱だという話から、『中央公論』は左翼偏向しているということに絞られていって、いつしか天皇の問題は消えてしまったようだという。中央公論社はじつに無防備であり、そこにつけいられてしまったことを著者は悔いる。

▼言論機関としての歴史もあり、ファシズムにおける経験も豊富に持っている中央公論社というものの存在を、私はもっと確固としたものだろうと思っていたのである。そのことに関しては、私は右翼ほどにもリアルな認識が持てなかったということかもしれない。そして、中央公論社の持っていた脆弱性も、おそらく事件の過程で突然そうなったのではなく、それ以前にすでに現れていたことであった。…(略)…
 『中央公論』-中央公論社は、『世界』-岩波書店のような一枚岩的強固さをもっていないということである。『世界』は…(略)…編集長の交代が誌面から感じとれないほど、編集の発想も態度も一貫しているようなところがあり、ここには、いわば不動のジャーナリズムといったものがある。それに対して『中央公論』は(略)編集長が交代するたびに編集の発想も替われば誌面作りまで変わってくる。…(略)…
 おそらく右翼にしても、『世界』を相手にすることは、そもそも断念していたであろう。その強固な一枚岩的性格は、彼らといえども手に負えない存在だったに違いない。しかし『中央公論』に対しては、外部から力を加えれば、内部から分裂を起こすような案外に脆い存在であることを、彼らは看取していたに違いない。そして『中央公論』を崩すことによって、彼らのいう進歩的ジャーナリズムの戦線を分断し、『世界』を孤立させることができるという判断があったのかもしれない。そうした判断が事実として彼らにあったかどうかは別として、彼らによって私たちがいわゆる「進歩的ジャーナリズム」のもっとも弱い環であったことが証明されるまで、私たちはそれに気づかなかったことは事実であった。(pp.219-222)

こういうのを読むと、今のいま行われている"朝日新聞たたき"にも通じるものがあるような気がする。朝日は狙われていたのだろうし、力を加えられて揺らぎもした、と思う。

平凡社ライブラリー版の「あとがき」で、著者は深沢七郎の「これがおいらの祖国だナ日記」のことを書いている。「彼のきわめてユニークな天皇観が表出されている」(p.320)と書かれたこの短評のことを、著者は三島由紀夫に教えられたそうだ。「三島氏は、その一節を暗唱して、これは最近発表された天皇批判では最高のものだ、といった意味のことを語って、呵々大笑された」(p.321)と記している。この小さな文章の掲載誌は、純文学雑誌の『群像』だったので、右翼の目には触れなかったと思われる、とも書いてある。

この「これがおいらの祖国だナ日記」も、少し調べてみたが、深沢の本に入っていないようで、図書館で捜索を頼みつつ、知らないですかと尋ねまわっていた。すると、掲載誌の古い『群像』が職場の図書館にあった!と「ブックマーク」読者の方がコピーを送ってくれて、これもまた読むことができた。

図書館で借りてきて読みかけていた中村智子の『「風流夢譚」事件以後―編集者の自分史』では、「深沢氏の皇室への「悪意」は、一ページ評論 「これがおいらの祖国だナ日記」に凝縮されている」とか、これに比べれば、風流夢譚ははるかに無邪気なものだったとか書いてあり、たしかにそういう印象はあるなと思う。

私は友人から「風流夢譚」の掲載誌のコピーをもらって読むことができたが、公立図書館ルートで探すとしたらどうなりますかと図書館に尋ねていた。その回答として教えていただいた一つは、府立図書館に古い雑誌があるので、それを閲覧しにいくか、複写依頼をするかという方法。

もう一つは、電子書籍として復刊された「風流夢譚」である。

風流夢譚風流夢譚
(2012/10/13)
深沢 七郎

商品詳細を見る


小説の冒頭部分は、志木電子書籍のサイトで読める。
http://www.shiki-digitalbooks.co.jp/2012/02/post-042d.html

この電子書籍による復刊をおこなった志木電子書籍の代表は、『一九六一年冬 「風流夢譚」事件』の著者を父とする人だった。同社のサイトに「ある元編集者の死」という文章に、父・京谷秀夫のことが書かれている。
http://www.shiki-digitalbooks.co.jp/cat22972006/

たどっていくと、マガジン航のページに、「幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由」と題するテキストが掲載されている。
http://www.shiki-digitalbooks.co.jp/2012/02/post-042d.html
(このページには、私がコピーで読んだ、谷内六郎のカット入り「風流夢譚」の冒頭の画像もある)

(12/21了)

※「風流夢譚」が掲載された『中央公論』12月号(1960年)の目次の主なものを、著者が36-37ページに紹介している。時代をあらわした内容だと思うし、執筆者の名前もひじょうに興味をひかれる。著者自身は「原稿を書いているいまでも、この号はなかなかよく出来ていると私は思う」(p.37)と述べている。
-----
国連の変貌と日本の外交(座談会) 嬉野満洲雄 中屋健一 蝋山芳郎
日本外交とアジアの壁 藤島宇内
日本とアメリカの政策 マンスフィールド
前衛の不在をめぐって 谷川雁
革新勢力の構想力 佐藤昇
暗殺の美学 埴谷雄高
自衛隊に対する試行的提案 中野好夫
内閣調査室を調査する 吉原公一郎
浅沼刺殺をめぐる国会議事録
名神国道(日本探検) 梅棹忠夫
憲法二五条の勝利 朝日茂
秘録 満鉄調査部 児玉大三
ちゅらかさの伝統─沖縄文化論 岡本太郎
様式の壁を越える(対談) 石原慎太郎 武満徹
現代小説の可能性(シンポジューム) 佐伯彰一 篠田一士 村松剛
小説 斉諧 伊藤酒造雄
風流夢譚 深沢七郎
-----
近所の図書館によれば、この号は府立図書館に所蔵があるそうなので、そのうち読みにいってみたい。
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/5165-16692a6b
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ