読んだり、書いたり、編んだり 

深沢七郎ライブ(深沢七郎ほか)

深沢七郎ライブ(深沢七郎ほか)深沢七郎ライブ
(1988/06)
深沢七郎ほか

商品詳細を見る

『人間滅亡的人生案内』を読んだら、本読みの友が『深沢七郎ライブ』を夜な夜な読んでいるというので、私も続けて借りてくる。読みおわって、奥付をみたら、【限定出版】とあり、定価は5000円! 1987年の夏に死んだ深沢七郎の追悼本ということらしく、発行は1988年の6月。『話の特集』に掲載された文章やら対談やらあれこれが(「人間滅亡的人生案内」も)収録されている。

表紙の絵が、なんか見覚えあるような…と思ったら、『ヒューマンライツ』の装画で毎月見ている黒田征太郎の絵だった。

ところどころに関係者の写真が入っていて、たとえば深沢が亡くなったあとの座談会「俺たちも深沢さんのようにうまく死のう」には色川武大、尾辻克彦(つまりは赤瀬川原平)、野坂昭如の3人が参加していて、みんな若い! 前のほうに入っている「しょんべん対談」や「糞尿屁座談会」は、もっと古くて1968~69年のもの。竹中労や永六輔、野坂昭如が出ているが、野坂がなお若い!(むかしからこの人は黒メガネであるらしい。)
矢崎泰久の「深沢七郎・夢屋書店探訪記」(初出は1979年)は、深沢七郎が思いつきで「夢屋」という屋号で本をつくって売っていた頃に、矢崎が訪ねた話。

深沢は「自分の書いたものを、自分で装幀して本にして、気に入った人にだけプレゼントする。残ったものをぜひという人に売って、トントンだったら次の本が出せる。五百配って五百売れればいいと思って始めたんだけど…」(pp.128-129)というつもりだったが、注文が殺到し、1日2冊つくるのがやっとの本に、すでに2千冊以上の注文がきていて、「こんな大変なものだとは思わなかった」とこぼしている。

「読んでほしい人に手渡す」という、この深沢の話を読むと、私も自分でちょっとやってみたくなる。○○○冊刷った在庫をどうやって捌くかというのとは発想が違うんやなーと思った。

▼夢屋というのは、深沢さんにとって、いわば、号でもある。夢を売るのか、夢を見るのか、人生は夢幻しなのか、夢が好きで、夢が嫌いで、夢を楽しむ日もあれば、夢にうなされもだえ苦しむ日もある。(pp.126-127)

この探訪記は、「ぼくは「風流夢譚」なしに深沢さんの現在はありえないし、夢屋書店誕生を考えることはできないとさえ思っている」(pp.124-125)という矢崎の思いがあって、深沢の小説「風流夢譚」(1960年の『中央公論』12月号に掲載されたもの)や、その後の嶋中事件について、かなりこまごまと書かれている。

むかし、社会の授業で、この小説と事件のことをチラッと聞いたような…かすかな記憶があるが、矢崎が書いているのを読むと、この頃も言論の自由は危うかったのだなーとつくづく思う。

宮内庁から中公論社へ抗議があり、右翼団体が動きはじめ、中央公論が「お詫びの社告」を出して非を認めてしまった、しかも社長の嶋中鵬二が「あんなくだらない小説を自分は載せる気持はなかった。編集長のミスだ」(p.125)と宣言したという。嶋中の態度は言論人の恥さらしだ、と矢崎は書いている。

この頃の『中央公論』は、矢内原事件の時代とは経営陣も違うのだろうが、出版社を率いる社長として、嶋中は言論の自由をどう考えていたのだろう、と思う。

深沢は、「「言論の自由なんてものは、やっぱり日本にはないねえ」と言い、それでも「風流夢譚」の続編を書くつもりだと、意外に元気な面も見せていた」(p.125)というが、1961年の2月に嶋中事件が起き、無関係な二人の女性が死傷して、涙を流しながら記者会見したという。それから深沢は姿を隠し、執筆活動を中止し、逃亡と放浪の生活に入った。

その後、深沢の作品集や文庫がいくつも出たが、「風流夢譚」は再録されていないそうだ。「迷惑かけたくない」という理由から、深沢が断り続けてきたという。

この探訪記に、東京の空襲で工場が焼け、山梨県石和の郷里へ帰った深沢が、甲府市が受けた夜の空襲を見ていた場面が書きとめられている。

▼1943年秋、空襲で工場が焼け、その日の内に東京を逃れて山梨県石和の郷里へ帰った。負ける、と直感し、東京に居たら殺されると思ったそうである。…(略)…
 1945年7月7日、七夕の夜に、甲府市は約80機のB29の爆撃を受け、全滅した。
 「沢山の花火が上がったようで、とてもきれいだったねえ。ここまではやられないと思ってずっと見てたね。ずいぶん長い時間だった」
 甲府市に疎開していたぼくは、焼夷弾に追われるようにして、石和の近くまで逃げた。むろん、まだ深沢さんを知らなかった。(p.122)

安吾原作の『戦争と一人の女』をちょっと思い出させる場面。

私がタイトルを知っている深沢小説は「楢山節考」と「風流夢譚」くらいだったが、年譜を見ると、寡作とはいえ、深沢はけっこういろんなものを書いている。対談やエッセイも含めて、図書館には全10巻の『深沢七郎集』もあるのだった(その目次をざっと見てみたが、「風流夢譚」は収録されていないようだ)。

深沢の小説はぜんぜん読んでないので、なにか読んでみたいと思い、とりあえず手がかりに、KAWADE道の手帖の特集号『深沢七郎--没後25年 ちょっと一服、冥土の道草』を借りてきた。図書館で「風流夢譚」はどうしたら読めるかと尋ねたら、小説が多少なりとも収録されているかは不明だが、図書館に所蔵のある『一九六一年冬「風流夢譚」事件』を見てみてはどうかというので、あとでこれも取り寄せてみようかと。

(12/17了)

※ネット検索して、事件については、『『風流夢譚』事件以後―編集者の自分史』(この著者は、中央公論社の編集部にいた人らしい)や、『戦後『中央公論』と「風流夢譚」事件―「論壇」・編集者の思想史』(この著者は文学博士の学者さんらしい)という本があることを発見
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/5163-bdb763bb
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ