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伊藤くん A to E (柚木麻子)

伊藤くん  A to E伊藤くん A to E
(2013/09/27)
柚木麻子

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深沢七郎の『人間滅亡的人生案内』を読んだあとに、この小説を読んだら、なんだか人間滅亡教とは真逆な感じであった。タイトルに出てくる「伊藤くん」にふりまわされる女性たちを描いた連作集だが、この女性たちがみんな必死な感じ。そのもがき方というか、悩み方は、『英子の森』の英子のようでもあって、「今」という時代の圧力は、こんな風にかかってるんかなーと手に載せて見るような気持ちで読んだ。

なんでも自分の都合のよいように考えることのできる「伊藤くん」。イケメンで、実家は金持ちで、シナリオライターになりたいと言いつつ、塾講師のアルバイトをしている(とはいえ、その稼ぎではとても買い揃えられないであろう服装をしていたりする)伊藤くん。「誰からも傷つけられない」ことが大事だという伊藤くん。

売れっ子になった先輩脚本家との勉強会に参加し、ドラマの辛口批評をしている自分のブログを「本質をついていると思う」と言える伊藤くんだが、自分は作品を書き上げる気も、デビューする気もないのだと、その先輩に言ってのける。
▼「だから、決して作品を完成させるつもりはないんです。作品ができたら、必ず批判されます。かといって、捜索活動をあきらめて会社員になるつもりもありません。社会の歯車になったら、競争が待っているでしょう。大勢の中に埋没して自分の価値を見失うに違いないですから。一生僕はこの助走を続けます。アクションなんて起こすものか。誰かが僕にふさわしい環境を与え、両親が僕にそうしてくれたように大切にしてくれるのをひたすら辛抱強く待ち続けます。誰かが僕を見つけてくれるのをただじっと待ちます。…(略)…僕はこのまま生きていきます。あなたたちみたいなみっともない人間にはなりたくない。みじめな思いはしたくないから。あなたたちに僕のような覚悟はないでしょう?」(p.230)

もう小説もほとんど終わりのここに至って、この伊藤くんの語りに、ここまで読んできた風景が、ちょっと変わったような気がした。それまではずっと、なんやねんこの伊藤くんて奴はと思い、この煮えきらないぐずぐず男とどうにかこうにかなりたいと願う登場人物もいて、蓼食う虫も好き好きとはいえ、どういうとこがエエのんかなーと思いながら読んでいた。

たぶん、多くの人は、助走を続け、自分にふさわしい環境を待ち続けるという伊藤くんに、「何を甘いことを言うてんねん」と思い、とりわけ伊藤くんが男性であることにかこつけて、「ちゃんと働け」とか「現実を見ろ」とか言いたくなる…だろう。私も、ほんのちょっとそんなふうに思いそうになるが、この伊藤くんの語りで(かれが日常おこなっているらしき言動はともかく、おそらくは親の援助があって生計をたてられているという設定もさておき)、あー、伊藤くんは存在をかけて、「今」の流れに飲み込まれたくないと叫んでるのかもなーと思ったのだった。

なので、なんやねんこいつ…と思いながら読んでいたのが、しまいのしまいで、ちょっとひっくりかえった感じだった。『安心ひきこもりライフ』を思い出したりした。まあ違うかもしれへんけど。

著者は若い人(1981年うまれ)だが、文中に「父兄」なんて言葉が出てきて、いまさら「父兄」かぁ~~と、そこはちょっと残念に思った。

(12/11了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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