読んだり、書いたり、編んだり 

「本が売れない」というけれど(永江朗)

「本が売れない」というけれど「本が売れない」というけれど
(2014/11/04)
永江朗

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新聞でちょろっと紹介されていて、図書館にすでに入っていたので借りてきて読んでみる。

この本のタイトルの文句にすでに著者の思うところが込められているなーと思ったが、中も「読書ばなれ」「活字ばなれ」と言われるけれども、その「中身」を腑分けしていくと、いろんなものが見えてくる、という話が、さまざまなデータも示して書かれている。感覚でなんとなくこうだろうと言われていることを必ずしもそうじゃないのだときっちり見ている。著者のことばを借りれば「「読書ばなれ」と「出版不況」のあいだにはねじれがある」(p.69)のだ。

「読書ばなれ」は起きていないが、本を読むという体験が多様化したために、新刊が売れない「出版不況」となっている面があるし、「出版不況」のおおもとは「雑誌不況」であって、出版界が景気回復をめざすなら、読書推進よりも「もっと雑誌を読もう、もっと漫画を読もう」という推進運動をしたほうがよいのではないか、と著者は指摘する。

そして、本に対する感覚がじわじわと変化してきたことを著者は、「いってみれば本は「所有」するものから「体験」するもの、あるいは「消費」するものに変わった。物体として所有するのではなく、読むことを体験し、情報として消費するのだ」(p.80)と表現する。
以前だったら、いつ品切れや絶版になるか分からないから「蔵書」しておくものだったのが、今なら読み終わったら手放せばいい。amazon、ヤフオク!あるいは日本の古本屋、スーパー源氏といった古書サイトで検索すれば、たいていの本は見つけられるからだ。

私もついつい本棚やら家の中のあちこちに本を積み上げているが、もっと気軽に手放してもいいのかも…と思うようになった。今でもそうだが、私の場合、図書館でたいがいの本は探し出して読ませてもらえる、貸してもらえると思っているし、実際に本当にいろんなものを読ませてもらい、貸してもらっている。

全国の公共図書館数は、2000年に2639館だったものが、2013年には3248館まで増えている。図書館がない自治体は今でも少なからずあるそうだが、図書館で借りるという選択肢は増えているのだ。2010年には、新刊書籍の推定販売部数を図書館の貸出冊数が抜いたという。本屋や作家、出版社が、図書館のせいで本が売れないと非難することもあるが、その前に、近所の本屋がどんどん減っていて、「歩いて行ける距離に本屋がないところに暮らす子どもたちにとって、図書館は重要な読書インフラなのだ」(p.31)という著者の指摘は真っ当だと思う。

私は今のところに住んで十数年になるが、駅前の商店街にあった本屋は、駅前再開発で大きなビルが建ったときに、そこには入らず廃業した。駅ビル内には、全国チェーンの本屋が入った。駅の向こうに少し歩いたところにも地元の本屋がもう一軒あったが、駅ビルに新しい本屋が入ったあと、数年してその店舗は閉店してしまった。人口40万人弱の市で、電車が2線使える駅でこの状態。

昔に比べると私が本を買うことは少なくなってしまったものの、最寄り駅に本屋がないという事態になるのはいやなので、本を買うときには、なるべく駅ビルの本屋で買っている。店頭にないときには注文も頼む。本屋が薄利多売で儲からない商売だということは知っているから(本屋の粗利は20%余り、1000円の本で220円くらい)、本の数ばかりが増えて、売上げは変わらないか減り気味という状況で、本屋を営むのは大変だろうなーと思う。

そこのところを著者は、出版社は本の値段を決めるときに本屋のことを考えているかと書く。
▼再販制のもとで、出版社が価格決定権を持つのだから、出版社には本屋が成り立つだけの利益を確保できるようにする責任がある。しかし、本の値段を決めるとき、本屋の利益について考えている出版社員はどれだけいるだろう。値段を決めるとき、多くの編集者や販売担当者は、1円でも安くしようとする傾向がある。安くすれば売れると信じている。しかし本当に安ければ売れるのだろうか。安ければ安いほど本屋の利益は減る。もちろん安くしてたくさん売れれば、本屋の利益は増える。だが1冊あたりの利益が減った分をカバーできるぐらい売れるのかどうかはわからない。(pp.186-187)

著者と、筑摩の編集者だった松田哲夫が「本の定価を倍にするだけで、出版界が抱える問題のかなりが解決する」(p.187)と盛り上がったことがあるそうだ。1000円の本が2000円になれば、本屋の粗利は倍になる。もちろん、値段が高くなる分、1000円の本のようには売れないかもしれない。だが、たとえ販売数が半減しても、定価が倍になったぶん売上額は同じで、一方で販売にかかる手間は半分になる。

新刊が売れないのをカバーしようと、出版社はつくる本の数をものすごく増やしている。年間に出る出版点数を平日の日数で割ると、1日だいたい300点が出てる計算になるという。取次からどんどん新しい本がきて、本棚に入りきらない本は、どんどん返品されていく。

本の値段を倍にしたら、買うほうは慎重になって、損をしない本だけ買うようになるかもしれない。それを見越して、出版社も企画をしぼりこみ、出版点数が減るとしたら… 本屋の店頭である本が並んでいる日数も長くなるだろう。つまり客の目に触れる機会が増える。本との出会いも増えるんじゃないか… 著者はそんな風に考えてみる。

あまりに出版点数が多いから、取次の配本パターンに頼るばかりで、洪水のように流れていく本をなんとか捌くだけの本屋… そうではなくて、本の情報をチェックし、「自分で仕入れて売る」という商いの原点に戻れ、と著者はいう。同時に、ベストセラーや話題の新刊を追いかける品揃えが、本屋をつまらなくしてるのではないかともいう。

巻末で著者は、出版不況といわれるものの原因と考えられるいくつかの点を挙げ、さらに「どこから変えるべきか、何から変えるべきか」と問いかけつつ書いている。その最後、「本」と「読者」のためにと書かれた文章がよかった。

▼本と読者にとって何がいちばん重要なのか。
 いちばん重要なのは「本」だ。何が「本」かということは、とりあえず措いておいて、まずは「本」を大事にしよう。「本」が生き延びるためにどうするか。
 次はその「本」を生み出す「著者」と本を読む「読者」だ。著者のいない本はない。誰も書かない本はない。本は誰かによって書かれなければならない。だから著者が大切だ。そして誰にも読まれない本は意味がない。本は誰かに読まれてはじめてその存在の意味を持つ。ただしこの「読者」はいま存在しているとは限らない。もしかしたら、いまはいないかもしれないけれど、10年後、50年後、100年後にあらわれるかもしれない。そういうものとしての読者だ。
 …(略)…出版社も書店も取次も、「本」を「読者」に手渡すためにある。
          *
 「本」について考えるとき気をつけなければならないのは、いまある「本」だけが「本」ではないという事実についてだ。…(略)…「本」をめぐる思考は、常に未来に開かれていなければならない。(pp.235-236)

本屋にしても図書館にしても、読者に「本」を手渡す最前線で、そこがなんやかやと切り詰められていくのはつらい。「未来の読者」を考えるという視点が、自治体にも出版社にもほしいと思う。

(12/8了)

※日本の図書館統計については、図書館協会のこのページが参考になる
http://www.jla.or.jp/library/statistics/tabid/94/Default.aspx

※国会図書館のリサーチナビには、「出版産業に関する主要統計資料」が紹介されている
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-387.php
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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