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〈役割語〉小辞典(金水敏・編)

〈役割語〉小辞典〈役割語〉小辞典
(2014/09/17)
金水敏・編

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この著者が新聞に書いた「そうよ役割語は深くてよ」という記事を読んで、これは読んでみたいと思っていた。辞典と名がついているが、どれくらいの大きさのものなのか、図書館は禁帯出にせずに貸してくれるだろうかと思っていたら(以前、内容が「引く」というより「読む」ものなのに、貸してもらえず、館内で読んだ辞典の経験があるため)、読みものとしてフツーに借りられる本扱いで、有り難く借りてきて読む。編者の名の読みは「きんすい・さとし」。

役割語について編者の金水が最初に出した本は『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』という本だそうで、そこに書いた定義を、この辞典の巻頭にも引いている。

▼ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいは特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき、その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。(金水 2003、205頁) (p.vi)

たとえば、
 「わしが知っておるんじゃ」
 「わたくしが存じております」
 「ぼくが知ってるよ」
 「おら知ってるだ」
 「うちが知ってんでー」
 「拙者が存じておりまする」

というそれぞれのセリフを、どんな人物が話しているとイメージするか、ということである。おそらく日本で育った日本語話者であれば、ほぼ同じ人物像をイメージできるだろう。そのイメージを喚起できる言葉づかいが「役割語」なのだ。
ただ、「こんな話し方をするのは、こんな人」という知識は広く共有されているのだが、だからといって、こうした言葉づかいは、必ずしも現実そのままではない。「わしが知っておるんじゃ」と言うじじいは、マンガや小説には出てくるかもしれないが、リアルにこんな話し方をするじじいがいるか?というと、滅多にいないのではないか。

その意味で、役割語はフィクションの中の言葉だといえる。編者の金水は「ステレオタイプとフィクション」ということに注意を促している。

▼役割語は、現実の人物の日常的なリアルな話し方について規定するものではありません。たとえば「すてきだわ」のような表現はいかにも女性的に感じられるので、私たちはこれを〈女ことば〉の一要素と捉えますが、そのことは「女性の日本語話者は必ずそのような表現を用いる」とか、ましては「女性の日本語話者は用いるべきだ(用いた方がいい)」ということを主張するわけではありません。そうではなくて、「すてきだわ」のような言い方を多くの日本語話者が「女性的である」という知識を共有している、という点に注目したいのです。(p.vii)

「役割語」は、いわば言葉のステレオタイプである。ステレオタイプは偏見や差別と結びつきやすく、あるグループを排除したりする理由に使われてしまうこともあって、よろしくない部分があるのだが、一方でこれを排除が難しいのは、このステレオタイプがフィクションの中でこそ効力を発揮するからだと編者はいう。「せりふを役割語によって構成することで、フィクションの作り手の想定した人物像が、瞬時に、的確に受け手に伝わるから」(p.viii)だ。

「役割語」というお約束が成り立っているからこそ、マンガや小説、映画や流行歌、あるいは落語、漫才などの登場人物の言動が「分かる」のである。

それで、この辞典では、いわゆるB級作品、大衆作品と言われるもの、ポピュラーカルチャーの作品から、多くの用例を集めている。そこが読んでいておもしろいところでもある(用例集めはどんな風にやったのだろうかと、そこが知りたい)。表紙カバーのイラストは池田理代子のマンガからとられていて、本文にもこんな調子でマンガ図版がかなりたくさん入っている。

収録語の由来や用例、その変遷など、「役割語」についてだけでなく、言語学的な話もいろいろあって(「~た」の後ろに「ねん」が着く場合は、「~たねん」とならずに「~てん」となる、とか)、読むのがたのしかった。

私が、へ~と思ったのは「まじ」。もとは「まじめ」「本気」という人の態様を表す言葉だったもので、「まじめ」の略語で、「しゃれ」の反対語。さかのぼれば、近世期江戸語から使用例がみられるという。これが、1980年前後にツッパリイメージで売る人気アイドルが、歌詞に「まじ」を使った歌を発表したことで、「「まじ」とアイドルのツッパリイメージが一体化した形で世間に広まったとみられる」(p.181)といい、私が、そうかあ~と思ったのは、ここ。

▼1980年代後半になると、「まじ」は「真実であること」の意味を獲得し、同様の意の「本当」の俗語としても用いられるようになった。「まじっすか?」「まじ?」などのように、疑問の形を取って「本当か嘘か」を問う用法や、事柄に対する驚きを表現する用法がある。(p.181)

そして、「まじ」という語が、なんで「真実であること」の意味を持つようになったかの考察として、「1980年代に、「本当」という語が、若く「きゃぴきゃぴ」とした女性を代表する言葉として広まったことが関わっていよう」(p.181)と述べている。

こうしたキャイキャピ女性は、「ウソー」「ホントー」「ヤダー(あるいは「カワイイ!)」と発し、そこに「ぶりっこ」イメージも重なり、「若い女性らしさを担わない同意語、さらにはツッパリや一般的な若い男性といった、女性性とは対極のイメージを担う同意語として「まじ」が取り上げられたと考えられる」(p.182)というのだ。

さらに、「本当」に対する俗語となった「まじ」は、「マジすごくね?」のような、「「本当」が持つ、何かの性質や状態がどの程度であるかを表す用法も獲得した」(p.182)。

たしかに、「本当」という意味あいでの「まじ」は私も使ってるし、そうか、そういえば「まじ」は、元は「真面目」で「本気」かと、ハッと気づかされた。言葉がどう変わっていくかという点で、この「まじ」の話が私にはすごーくおもしろかった。

(12/5了)

※用例として引かれている中の誤字
p.126 「つかわす」で、落語「万病円」の用例が引かれている
「(風呂屋の番頭に「あなたのせいで客が帰った」と言われた武士が)しからば、その者らを呼び集めるがよい、湯銭を持ち帰るとはふらちきわまる。身共より厳しく申しきかえてつかわす」
→ 申しきか【せ】てつかわす
(この「万病円」は、『古典落語』(講談社、1985年)が出典で、図書館にあったので借りてきて確かめた)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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