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ディアスポラ紀行―追放された者のまなざし(徐京植)

ディアスポラ紀行―追放された者のまなざしディアスポラ紀行
―追放された者のまなざし

(2005/07/20)
徐京植

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読んでみたいと思っていた"ディアスポラ"なんとかの本が図書館になかったので、検索して出てきた中からタイトルに"ディアスポラ"と入った徐京植さんの本を借りてみる。

ちょうど10年前に雑誌『世界』の連載として書かれたものだ。

大文字のディアスポラ(Diaspora)は〈離散ユダヤ人〉とそのコミュニティを指してきたが、今日では小文字の普通名詞diasporaとして、さまざまな離散の民を言い表すことが多くなっていると書いたあとで、徐さんはみずからの定義を述べる。

▼以下の文章で私は、近代の奴隷貿易、植民地支配、地域紛争や世界戦争、市場経済グローバリズムなど、何らかの外的な理由によって、多くの場合暴力的に、自らが本来属していた共同体から離散することを余儀なくされた人々、およびその末裔を指す言葉として、「ディアスポラ」という語を用いることにしよう。(p.2)

あるいは、こうも書いている。
▼私はかつて田中克彦の議論(『ことばと国家』岩波新書)を借りて、ディアスポラにあっては祖国(祖先の出身国)、故国(自分の生まれた国)、母国(現に「国民」として属している国)の三者は分裂しており、そのような分裂こそディアスポラ的生の特徴であると述べたことがある。(p.102)
この本は、「私という一人のディアスポラが、ロンドン、ザルツブルク、カッセル、光州[クアンジュ]など各地を旅しながら、それぞれの場所で触れた社会的事象や芸術作品を手がかりに、現代におけるディアスポラ的な生の由来と意義を探ろうとする試み」(p.3)として書かれている。

徐さんに強い印象をあたえた芸術作品が、口絵や各章の扉に写真で掲載されている。中でもIV章「追放された者たち」の扉に掲げられているフェリックス・ヌスバウムの「ユダヤ人証明書をもつ自画像」※は、これはどこかで見た…どこで見たのだったかと、読みながらずっと記憶をさがしていた。

伊丹の美術館で見たような…と思ったが、それはオットー・ディックスだった。ブログの過去記事なども見直してみると、前に読んだ徐さんの『汝の目を信じよ!統一ドイツ美術紀行』でヌスバウムのことも書かれているようなので、この本で図版も見たのだろうと思う※。

「ドイツ人マジョリティへの同化とユダヤ人としてのアイデンティティの保持、この両者の葛藤がフェリックス・ヌスバウムの芸術上のモチーフとなった」(p.151)と徐さんは書き、作品「ユダヤ人証明書をもつ自画像」についてこう記す。

▼一時は「同じ国民としての平等」という期待を与えて同化を促し、次にその期待を覆して、「ユダヤ人」という枠内に押し込めようとする暴力。その不条理きわまる暴力のしるしを、彼はここに描き込んだのである。自分はユダヤ人であると主張しているのではない。すべてを剥ぎ取られ、絶体絶命の壁際から、人間としての最後の尊厳を主張しているのだ。
 だから、これは「ユダヤ人」の自画像ではない。亡命者の自画像であり、ディアスポラの自画像である。(p.157)

このとき、徐さんはテレビ番組の撮影で、絵のかたわらに立ち、カメラに向かって語りながら、自分の語った内容が日本の視聴者に伝わるかどうか心もとない思いだったという。そして、財布から自分の外国人登録証(日本国法務省発行、14歳のときから肌身離さず持ち歩くよう義務づけられてきたもの)を取り出し、ヌスバウムの自画像と同じポーズで掲げてみせたそうだ。

「これは「ユダヤ人」の自画像ではない。亡命者の自画像であり、ディアスポラの自画像である」という徐さんの指摘は、はたして番組の視聴者に伝わったのかどうか。「そもそも、私を撮影しているテレビ・クルーそのものが、得心しているように見えない」(p.158)と徐さんは感じたというから、できた番組はどうだったろうかと私も読みながら思う。

そのことは、巻頭に書かれたこんなところにも感じる。
▼マジョリティ(多数者)の大半は、「先祖伝来の土地、言語、文化によって構成された共同体」という堅固な観念に安住している。そうしている限り、マジョリティたちはマイノリティの真の姿は見えず、真の声を聴き取ることもできないであろう。(p.3)

私自身も、自分がそうされることは絶対に嫌だと思いながら、勝手な思い込み、勝手な想像で、ある属性をもつ人たちを「イメージ」に押し込めていることも多いのだろうと思う。

▼シリン・ネシャットは、前出のインタビューで次のように述べている。──イスラム圏の女性は長年にわたり服従者ないし犠牲者という枠組みにのみ押し込められて表象されてきたが、彼女たちは実際には力強く、信じがたいほど抑圧的な状況に置かれながらも速やかに立ち直る弾力性をもっていると自分は信じている。彼女たちは、男たちや西欧世界の住人たちの予想を超えるような方法で自己を解き放つ素晴らしい潜在力を秘めている、と。(p.103)

イランを旅したときの感慨を書いた上橋菜穂子の『明日は、いずこの空の下』をちょっと思い出す。シリン・ネシャット※は1957年、イラン生まれの人で、16歳からアメリカ合州国へ移住、1990年に12年ぶりにイランへ帰り、イラン革命後の社会変化を目の当たりにしてから、本格的に作品を発表するようになったという。

あるいは、「アフリカ的」なものの由来。
▼こうした[アフリカ的な]色柄の布はインドネシア起源のロウケツ染めが宗主国オランダを経由してヨーロッパに入り、マンチェスターでイギリス人がデザインしたものがアフリカに輸出されたものだという。原材料の綿花はインド産か東アフリカ産である。つまり、私たちが「アフリカ的」だと思っている色や柄のイメージは、実際には近代の植民地支配の過程において、宗主国で生産され植民地に押し付けられてきたものなのである。(pp.140-141)

こうした「アフリカ的」なイメージに問いを投げかけるインカ・ショニバレの作品(III章「巨大な歪み」の扉に作品写真が掲げられている)※。それが自然なもの、本質的なものだと、いつの間にか私の目は見ていないか、見過ごしているものがあるのではないかと、つきつけられる気がする。そういう"無意識"にもっている価値観や視点をあらわにしてみせる美術もあるのだと思う。

あとがきで、徐さんは、ディアスポラにとっての「くに」について書いている。
▼ディアスポラにとって「くに」は郷愁の中にあるのではない。「くに」とは、国境に囲まれたある領域のことではない。「血統」や「文化」の連続性という観念につき固められた共同体のことではない。それは、植民地主義やレイシズムが押し付けるすべての理不尽が起こってはいけないところのことだ。私たちディアスポラは近代国民国家時代のはるか彼方に、「真実のくに」を探し求めているのである。(p.209)

(11/21了)

※Felix Nussbaum "Selbstbildnis mit Judenpass"
http://www.osnabrueck.de/fnh/10717.asp?bigpic10904=0

※『汝の目を信じよ!統一ドイツ美術紀行』目次(版元:みすず書房のサイト)
http://www.msz.co.jp/book/detail/07523.html
「誰がフェリックス・ヌスバウムを憶えているのか?」のなかに「ユダヤ人証明書」もある

※金沢21世紀美術館ができる前のプレイベントとして「シリン・ネシャット展」があったらしい
https://www.kanazawa21.jp/pdf/91.pdf

※インカ・ショニバレについては、萩原弘子『ブラック─人種と視線をめぐる闘争』を参照するよう注記がある
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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