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その手をにぎりたい(柚木麻子)

その手をにぎりたいその手をにぎりたい
(2014/01/24)
柚木麻子

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前に「ブックマーク」で紹介されていて、お鮨の職人さんと主人公の女性がどうのこうのという話らしい… ということは判っていたが、読みはじめてみると… これは"バブル"がぶくぶくとふくらんでいく時代の話でもあった。作中にも出てきたが、「ユーミンの歌詞か林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』に出てくるような世界」(p.10)であることも、そこはかとなく感じた。

主人公の本木青子(もときせいこ)は、栃木のかんぴょう農家の娘。地元の女子大を出たあとに東京の会社で勤めたのは、「独身時代に都会で暮らしてみたかった」(p.10)からだ。

来月には25歳になる青子は、故郷に帰って父のすすめるお見合いをする。社長の近藤が、辞める前に「一度くらい本当に美味しいものをご馳走してやろうと思ってね」(p.9)と、青子を高級鮨店のカウンターへ連れてきた。

お鮨といえば、お稲荷さんかかんぴょう巻かちらし寿司くらいしか知らない青子は、鮨店そのものが初めてなのだ。この「すし静」で、初めて食べたヅケの握り。若い職人の一ノ瀬から手渡されたその鮨を食べた青子はしばし口をきけず、「あの、こんなに美味しいもの食べたの、生まれて初めてで。なんだか、びっくりしてしまって」(p.14)とようやく言うことができた。
隣であれこれ言う上司のことばに、他の客が反応して、「東京はどうでしたか?」と青子に尋ねる。

▼「あの、ええ、とても楽しかったけれど、水族館みたいだなあって思ってました。綺麗な人達がひらひらしてて、いつも夢を見ているみたいで、でも、どうしても自分が参加している気になれなかった…」(pp.15-16)

それは、青子の「東京最後のお鮨」になるはずだった。だが、すし静の鮨を食べてから、何か大きなやり残しが生まれたような気がした。「もう一度あの人の握ったお鮨を食べたい」という思いで、青子は東京に残ることを決めた。

▼東京に残ろう、と決めた。ちゃんと話せば父も理解してくれる。今度はもう少し給料のいい会社に「とらばーゆ」しよう。三ヶ月に一度、いや半年に一度でもいいから、「すし静」に通えるだけの収入を自力で得る。時代は変わり始めている。女だって努力すれば、一人でだってあのカウンターに座れるはずだ。わからないことはあの職人に効けばいい。勉強は得意だ。誰に気兼ねすることなく、好みのネタを注文しよう。そうやって少しずつでも通い続ければ、何年かかるかはわからないけれど、いつかはあの老人のように「常連」になれるかもしれない。そうしたら、彼のようにちょっぴりわがままな注文をしよう。注文だけで青子とわかるような自分らしいわがまま。それこそが、未だに味わったことのない本物の自由の味なのかもしれない。(p.23)

それから青子は、不動産業界に転職した。山手線の内側を中心に累計1万棟以上のワンルームマンションを建設している野上産業の営業補佐だ。ワンルームマンションの売り買いに携わりながら青子は思う。「売る側も買う側も、常に損得が頭を離れない。住まいとは心と体を休める場所なのに、駆け引きが必ず渦巻いている。誰も彼もが、なんという慌ただしい生き方をしているのだろう…」(pp.29-30)。

上司に昇進試験を受けてみないかと言われても、言を左右にしていた青子だが、4ヵ月ぶりにすし静で食べたあと、「昇進試験を受けてみよう」と唐突に思う。

▼それに収入が上がれば、もっともっと一ノ瀬さんに会える。言葉を交わす機会を増やせる。ガリや光りものだけで満足したくない。極上のトロやウニを、懐を気にせず試してみたい。自分の欲望がどこまで伸びていくか、この目で見届けたい気もした。(p.44)

女性の活躍をちょっとほめそやすような時代(でも待遇は男よりずっと低い)中で、青子は、"ジジイキラー"として営業成績をあげていく。そうやって稼いだお金で、一人ですし静へ行く。時はいよいよバブルがぶくぶくになってくる。それとともに、不動産業界で働く青子の生活がなんだか「お金で荒んでいく」ようで、読んでいてちょっとうっとくるものがあった。

青子が初めてすし静のカウンターに座った1983年、転職した84年、それから85年、86年、87年、88年、89年という日付の入った章で、時代の流れと、青子の仕事、そしてすし静でのやりとりが描かれていく。1990年、91年の章は、バブルがはじける寸前の世相に、すこしのなつかしさと醜悪なものを感じる。終章は、バブルがはじけたあと、東京をひきはらって栃木へ帰る青子が、さいごにすし静で食べ、一ノ瀬さんに頼んでカウンターに並んで座り、ずっと握りたかった一ノ瀬さんの手をつないでいる場面で終わる。

▼自分の持って生まれた温かさと強さに、十年かかって青子は初めて気付いた。私の体には血が通っている。思っているより、ずっと力に満ちている。だから、きっと生きていける。明日からも。(p.205)

1981年生まれの著者が、「バブルの時代」をうまいこと書くなーと思った。

(11/20了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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