読んだり、書いたり、編んだり 

妻が椎茸だったころ(中島京子)

妻が椎茸だったころ妻が椎茸だったころ
(2013/11/22)
中島京子

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こないだ久しぶりに、中島京子って最近なに書いてんのかなーと図書館の蔵書検索をしたら、ヘンなタイトルの小説が出ていた(もう1年前の作だ)。それを、予約して借りてくる。表紙カバーの色はまさに「椎茸の色」で、さらに干し椎茸とおぼしき絵が描いてある。いったいどんな小説なのか全くわからない外見。

目次をぴらっと見ると、表題作を真ん中に、「ラフレシアナ」とか「ハクビシンを飼う」とか、こりゃまた何やろというタイトルが5つ並んでいる。とりあえずてっぺんから読む。

ラフレシアナという植物を恋人にする男が出てきたり、家の天井に巣くったハクビシンを便利屋に捕獲してもらったあと、処分されると聞いて、一緒に住めないかと飼っていたおばさんが出てきたり、亡くなった妻のノートに「どこかの時代にいけるなら、私は私が椎茸だったころに戻りたいと思う」とあったのを見つけた夫が出てきたり… 
ちょっとした日常を書いているようで、どこか不思議なような話が収録されていた。川上弘美の「はなだ色のたくわん」系の話のようにも思えた。

表題作もおもしろかったけど、さいごの「ハクビシンを飼う」が印象的だった。ハクビシン、というと同居人の里で農作物を荒らす「害獣」としての話を具体的に聞いてもいて、それを「飼う」というタイトルに何なにナニ?と思ったせいもあるが、そのハクビシンを飼おうとしたおばさんの暮らしがみえるようで、そこがよかった。おばさんは、遠い身内や周囲の人には「人づきあいが苦手で変わり者」と見えていたらしく、相続人でもある姪には「枯れ木みたいな独身女性」とイメージされていた。

もう処分することになるおばさんの家を訪れた姪の前にあらわれた若い男が知る生前のおばの生活は、穏やかな憩いを感じさせるものだった。

この「ハクビシンを飼う」も表題作も、亡くなった人の「生きていたときの姿や暮らし」を、そんなものとは思っていなかった身内に垣間見させるところがある。亡くなった人でなくとも、「ああいう人だ」と私が思っている人の、そうではない姿もあるのだろうなあと余韻が残った。

(11/16了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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