読んだり、書いたり、編んだり 

明日は、いずこの空の下(上橋菜穂子)

明日は、いずこの空の下明日は、いずこの空の下
(2014/09/02)
上橋菜穂子

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私が図書館で借りる本には、あまり他の人の予約がついてないことが多いが、この本は後ろに十数人待ちで、とっとと返すために、すぐに読んでしまう(ある程度の厚さをもたせるためか、ページの下が空いたレイアウトで、字もけっこうでかい)。

もとは「小説現代」で書いたエッセーに、書き下ろしが一篇加わって、本になったもの。内容は、『物語ること、生きること』と半分くらい重なる感じだったが、もちろんあっちの本にはなかった話もいろいろある。

「好奇心旺盛で負けず嫌い」の母上と旅に出たときの話がおもしろかった。とくにイランを旅したときの、旅する前にこの国にもっていた先入観と、実際に接したかの国の人たちとそこで見た光景がそうした先入観をひっくり返していった経験。
▼外国人にまで窮屈な規則を押し付けてくる国だから、さぞや国の中はピリピリしているのではないか、女性たちは男たちの後ろに隠れ、他者との接触を避けているのではないか、などと思っていたのですが、その先入観は、つぎつぎにひっくりかえされていきました。(p.195)

性別による明らかな分離はあるし、経済制裁による不自由と思える面も見え隠れするが、それでも、「観光客」として訪れた著者の目に、「びっくりするほど明るく朗らかで、清浄」(p.198)な印象を残したイラン。ある宿に泊まったときには、学校行事で訪れたらしい12、3歳ほどの少女たちが、著者と母上に駆け寄ってきて盛んに話しかけてきた。「これほど率直に、しかし礼儀正しく、どんどん話しかけてくる少女たちに会ったことはありませんでした」(p.197)と著者は書く。

▼炎暑の砂漠の底を滔々と水が流れているように、あるいは、乾ききった岩山の影から、いきなり緑したたるオアシス都市が現れるように、初めて見たイランは相反する光景が共存する国でした。
 そのことに驚きつづけたのは、私の心の中に、この国に訪れる前に、確固としたこの国のイメージが作られていたからなのでしょう。
 観光で目にすることなど、ごくごく限られたことに過ぎません。それでもなお、イランで感じたあの驚きを、覚えておきたいな、と思いました。
 私はきっと、いつも、世界の半分を知らないまま生きている。そのことを、忘れないために。(pp.201-202)

それと「楽観バイアス」の話が印象に残った。オーストラリアでアボリジニの友人たちとキャンプに行った帰り道、周囲百キロくらい人家などない場所で、赤ん坊を抱いた白人女性に出くわしたときの話。ピクニックに来たら川縁で車がスタックしちゃってという彼女はTシャツにジーンズの軽装で、泥の中でスタックしていた車はセダンタイプ、赤ん坊まで連れていて、その車を無事に川縁から引き上げたあと、アボリジニの友人たちは「おれたちが通りかからなかったら死んでるぜ」(p.94)と怒っていた。

▼彼らの怒りはもっともで、オーストラリアでは、原野に出れば、あたりには家もガソリンスタンドもない状態が当たり前。油断して、用意を怠れば、容易に命を奪われる危険が生じるのです。…(略)
 オーストラリア人でも、都会人の中には危機意識の薄い人がいるようですが、私には、つい大丈夫だと思ってしまった彼らの気持ちも分かるのです。(pp.94-95)

そして著者はテレビ番組でやっていた「人の心には、自分の死をうまく想像することができない楽観バイアスがある」(p.95)という説明を思いだす。起こり得る危険をいつもいつも想像してばかりでは生きづらい、だから人のアタマはそういう危険のことをほどほどに流せるようにできていると。ただ、この「楽観バイアス」に無自覚のまま、慣れた暮らしの外に出てしまうと、大変なことになる。著者自身の危なかった経験が書かれている。いかに自らを戒めても、同じ危険な行為をくりかえしてしまったことも。

自分の慣れた暮らし、あるいは慣れ親しんだ考え方や行動の仕方を、あらためて振り返る機会をもつ、というのはなかなかに難しいことだと思えば、「楽観バイアス」は異郷ならずとも、日々の自分の生活のなかで気にしたほうがええことなんやろうなと思う。難しいのは重々分かりながら。

本書のカバーと扉の絵は、父上(洋画家・上橋薫氏)の作だそうである。

(11/2了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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