読んだり、書いたり、編んだり 

あしたから出版社(島田潤一郎)

あしたから出版社あしたから出版社
(2014/06/27)
島田潤一郎

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夏葉社という「ひとりの作家のこころを、ひとりの読者に伝える」(p.12)心意気の出版社をつくった人が書いた本。夏葉社の本は、『本屋図鑑』と、『冬の本』を読んだことがある。

夏葉社をつくるのに著者の従兄の存在があったことは、なにかでちらっと読んでいたが、この本の冒頭にはその最愛の従兄・ケンが死んだ日のことが書かれている。著者は従兄の葬儀を終えて東京に戻り、仕事を探した。

▼ぼくは転職活動をしながら、どうすれば、叔父と叔母と、ひとりっ子になってしまったケンの弟のこころを再びあたためることができるだろう、と考えていた。…(略)
 日課としていた読書は、小説や評論ではなく、「家族をなくしたときに」とか、「大切な人の死をどう受け止めるか」とか、そうしたグリーフケア関連の本ばかりを選ぶようになった。
 ぼくは、自分の苦しみのことは忘れて、叔父叔母たちの苦しみの支えになりたかった。
 いま考えれば、それが、ぼくにとって、自分のかなしみから遠ざかる、もっとも有効な方法なのであった。(pp.25-26)

27歳まで作家志望だった著者は、アルバイトばかりしながら、本だけは人よりもたくさん読んでいた。履歴書の自己紹介欄には「仕事はしませんでしたが、その代わり、本は読みました。『失われた時を求めて』を読破しました」(p.26)などと書いていたそうだ。そこにくいついてくれる会社もなく、転職活動をはじめて8ヶ月で、計50社からお断りのメールがきた。

仕方がない、もういいやと、著者は社会の多くの人と同じような働き方はあきらめた。「なんでもやれそうな気がしたし、なにひとつやれない気もした」(p.39)自分が人生の転機にいることを感じたという。「叔父と叔母のためになにかをしよう」と決断し、なにができるかと考えた。

▼ぼくには、つまり、本しかなかったのだった。(p.43)
著者は、「たとえ、友だちと上手くいかなくても、きちんと仕事をしていなくても、真面目に本さえ読んでいれば、年をとったときには立派な成熟した人間になっている、とこころの底から信じていた」(p.43)という人なのだった。

寝る間も惜しんで、受験勉強をするように、今日はここまで、今月は何冊読むと計画をたてて読書に取り組んだ、と書いてあるのを読むと、ほんとうに真面目な人だと思う。私は(次の原稿ではどの本のことを書いたものか)と下心ありありで読むときはあるが、立派な人になろうとか、そういう風には思ったことがないなーと気づく。

ケンが亡くなったばかりの頃にグリーフケア関連の本を読んでいて著者が出会った一編の詩があった。叔父と叔母のために、あの一編の詩を本にしてプレゼントしようと著者は心に決める。そして、それを手がかりに未来を切り開いていきたいと考えた。

著者は、父にお金を借り、出版社をやっている知人に教わり、「いい本をつくるのだから、まず、ちゃんとした出版社をつくろう」と形から入って、事務所を借りて法人登記をした。

会社はできた。けれど、そこから「一編の詩で一冊の本をつくる」ために、何から手をつけていいのか、まったく分からないまま時間がすぎていく。年上の編集者・Sさんが少し仕事をまわしてくれたが、大きな額ではない。

▼当たり前のことだが、ぼくが運営しているのは出版社なので、本をつくって、それを本屋さんに卸さない限り、お金はどこまでも減っていくばかりなのだった。(p.60)

著者が、これを一冊の本にしたいと思っている詩は42行、ムリをしなくてもA4一枚におさまる分量で、それを一冊の本に仕立てたいというのは、「本という「物」に対する愛着ゆえ」(p.60)と書いている。著者のなかにイメージはある。「かなしんでいる人に、言葉を届けたいというのとはまた違った。むしろ、言葉では全然足りなかった。読まなくても、テーブルのうえに、ベッドの脇に、置いておくだけでいい。そんな本を、ぼくは、丁寧につくっていきたかった。」(pp.60-61)というのである。

だが、どうやってつくったらよいかも分からぬまま、時間はすぎていく。お金は減っていく。

▼本音をいえば、ぼくは、すぐにでも、お金がほしかった。それも、たくさん、たくさん、ほしかった。…(略)
 けれど、ぼくは、別にお金がほしくて出版社をはじめたわけではないのである。もちろん、会社を続けていくためには、相応の資金が必要なのだが、お金が目的となってしまっては、本末転倒になってしまうのである。…(略)
 だとすれば、たとえ全然売れなくても、自分にとって、意味のある本だけを出版すべきなのだ。…(略)
 それに、本当にまったく売れなかったとしたら、またアルバイトをすればいいじゃないか。アルバイト先の同僚をなんとか説得して、『レンブラントの帽子』を一冊ずつ、手売りすればいいじゃないか…。(pp.88-89)

一編の詩の本がすぐにはできそうにないので、そのあいだに著者は、絶版で入手が難しくなっているが、たくさんの人に読んでほしい文芸作品を復刊をしたいと考えた。そうして、夏葉社として最初につくった本が『レンブラントの帽子』だ。夏葉社は「ひとり出版社」だから、著者がみずから書店の営業にもまわる。

▼「わ! マラマッドが出るんですね! どーんと売りますよ! 30冊ください!」
 「小島信夫、浜本武雄の翻訳っていえば、あの名作、『ワインズバーグ・オハイオ』やないですか! 50冊ください!」
 「とにかくなんでもいいから、100冊ください!」
 ぼくは書店を訪ねる前に、そんな奇跡が起こることをよく夢想したが、そんなことは起こらなかった。(p.116)

私は本屋の営業にはわずかしか行ったことがないが、『We』ができると、ブログにあげ、メルマガを出し、あちこちの書けるサイトには書き込み、新しい号ができましたとメールをほうぼうへ出すと、(明日の朝メールを開けたら、どーんと注文が…!)とはよく夢想した。けれど、そんなことは滅多になく、1冊注文があれば有り難いというときのほうが多かった。ばかすかと注文がくる、てなことはないのだ。

人は、そう簡単に本や雑誌を買わないのだった(自分がどれだけ本を買うか、雑誌を買うかと考えれば、そうなのだ)。この本の巻末には、夏葉社がこれまで出した本が12冊紹介されている。「売れる、売れない、は問題ではなかった」(p.137)とか、「ぼくの仕事は、ぼくの好きな人の本をつくり、それをひとりひとりの読者に伝えることであった」(p.138)とか、著者が書いている話を読むほどに、ひとり食べるのが精一杯とはいえ、それで会社が続いていて、本を続けて出せているのは、ラッキーなのかなーと思う。そういうこころで一冊一冊の本をつくっている小さな会社が続いていることに、驚きもする。

▼いくら、ぼくがいいものをつくったと思っても、本が全然売れないのであれば、仕事はいつまで経っても終わらない。
 ぼくは、いつか、袋小路に入り込んで、だれもほしいと思わない本をつくってしまうような気がしている。たとえば、ある失敗を機にお金に困り、マーケティングなどといいだして、自分が必要としてはいない本を、これまで培ったノウハウで、ヒョイヒョとつくってしまうように思う。
 ほしいかほしくないかと聞かれたらそんなにほしくないけれど、でも、きっと、読者がほっしていると思うんだ。
 そんなことをいいはじめたら、ぼくの仕事は終わりだ。
 毎日、気持ちが、グラグラしている。(p.176)

正直な人やなあ、と思う。正直に仕事をしてる人やなあ、とも思う。まだ読んでいないが、著者が夏葉社をはじめたきっかけとなった、42行の詩を本にした『さよならのあとで』を、こんど読んでみたいと思う。

(10/20了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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