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詩[うた]の運命―アフマートヴァと民衆の受難史(武藤洋二)

詩[うた]の運命―アフマートヴァと民衆の受難史(武藤洋二)詩[うた]の運命
―アフマートヴァと民衆の受難史

(1989/11)
武藤洋二

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友だちがこの本を入手したい!探してる-!というので、近所の図書館にあるかなと検索してみたら、あった。ので、借りてきて読んでみる。

アンナ・アフマートヴァはロシアの詩人で、友だちはこのアフマートヴァの詩集『白い群れ 主の年』を読んだそうだ。『沈黙の時代に書くということ』でサラ・パレツキーが言及していて、それで興味をもったのだという。

著者によると、この本は「スターリン時代のソヴェト民衆の受難史が生みだした一つの鎮魂歌の運命を追うことによって、ソヴェト型実験国家とその建設の人柱と詩との三者の関係を解明しようとした試み」(p.273)である。

▼これは、史上最大の国家権力と詩人とが、民衆の苦しみをめぐってくりひろげる物語であり、そしてまた受難史についての歴史的記憶の運命をたどる仕事でもある。(中略)
 …市民から囚人への距離が紙一重であった時代に、一人の詩人が、国家権力にさらわれた人々について鎮魂歌をつくった。それは、紙に書かれなかった。原稿は「反革命活動」「国家への裏切り」という最悪の犯罪の物証になる。詩は、記憶される。詩人によって任命された記憶係は、暗黒時代を生きぬき、スターリン型強権が崩れさった時代へ詩[うた]を届けることができた。(pp273-274)

アフマートヴァは「沈黙という刑に服しているふりをしながら、鎮魂の詩群をつくりつづけた」(p.274)。そして、「詩の受け取り手としての未来とかかわって」(p.70)いた。そんな詩人がいたことを、私は初めて知った。彼女の詩を、記憶して後の時代へ届けた人たちがいたことも。
▼アフマートヴァは、私信が私信でなく、私宅が私宅でない時代に生きている。壁も天井も耳をもっている。
 彼女は黙って歌う。
 原稿をもつことはできない。詩は紙以外のものに保存しなければならない。扉と錠の無意味さに耐えられる保管場所が必要である。
 それは、人間の記憶である。
 詩が生まれると、その詩を記憶するために、リージヤ・チゥコーフスカが噴水邸に呼ばれる。(p.38)

禁断の挽歌を読むために、のちに暗記保存の時代がすぎて、本として印刷されるときにも、この国では多くの妥協が必要だった。ある文言を削除し、創作時期を偽り、スターリン時代の犯罪やその受難者について書いていることを隠さねばならなかった。たとえば創作年度を20年ずらし、ソヴェト権力による死者を、独ソ戦での死者に仮装させる。「鎮魂歌」をはじめとするアフマートヴァの詩群も、そうした扱いを受けた。

▼『鎮魂歌』にたいするこのようなあつかいは、ソヴェト史からソヴェト国家権力による民衆の受難史を削りとり、その空白へドイツ・ファシズムを主敵とする外国勢力によるソヴェト人の苦しみを入れ、災いは外からのみやってきたと歴史を書きかえ、スターリン以後の新しい世代を過去についての真実の"害"と"毒"から守ろうとする基本政策の一環である。(p.228)

この箇所を読んだとき、これは、社会主義国家を建設しようとした国の、過ぎ去った間違いではなくて、今この日本にもあると思えてならなかった。とくに、「国家権力による受難史を削りとり、その空白へ外国勢力による苦しみを入れ」というところ、「新しい世代を過去についての真実の"害"と"毒"から守ろうとする」というところに、それを感じた。

死の危険にさらされる恐怖がいかに知を凍結するか、恐怖の後遺症の根強さを、著者は記している。ソヴェト人の受難史を書いていたソルジェニーツィンは、1969年(私がうまれた年だ)、「歴史的記憶再現の執拗な努力のためにソヴェト作家同盟を除名された」(p.218)。アフマートヴァの詩の記憶係もつとめたチゥコーフスカヤは「ソルジェニーツィンの作家同盟からの除名を国辱とみなす」(p.218)と抗議したという。

「夫を殺しながら妻にも知らせなかったスターリン時代、「人民の敵」を「名誉回復」しながら未亡人に死因も場所も隠したフルシチョーフの時代、スターリン権力の犯罪行為についての記憶の抹殺に国家事業としてとりくんだブレージネフの時代」(p.210)がすぎ、ようやくペレストローイカの時代になって、恐怖からの解放がなされはじめた。

「あとがき」の中で、著者はこう記す。
▼…考える自由、表わす自由、伝える自由がうばわれるとき、民衆の苦しみが見殺しにされるという歴史的教訓を、読者がひきだせるなら、本書は一つの役割を果たすことになるだろう。(p.276)

記憶によって伝えるということを思うとき、私は、『収容所から来た遺書』を思いうかべ、あるいは『華氏451度』を思いうかべる。「記憶は、人間の貴重な宝である、それなしには、良心も名誉も知的な仕事もありえない」(p.217)というチゥコーフスカヤの言葉に、記憶のために闘う者が異端にされることが繰り返されないようにと思う。

(9/20了)

同じ著者の新しい本は、大きくて高いものだけど、これも読んでみたい。

天職の運命―スターリンの夜を生きた芸術家たち天職の運命
―スターリンの夜を生きた芸術家たち

(2011/02/18)
武藤洋二

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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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