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書店不屈宣言 わたしたちはへこたれない(田口久美子)

書店不屈宣言: わたしたちはへこたれない書店不屈宣言
わたしたちはへこたれない

(2014/07/10)
田口久美子

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「小さな書店から中型、大型と、規模の大小を経験しながら、現場で40年以上も働き続けた書店員」(p.9)である著者が、書店員としての自身の日常とともに、「主にジュンク堂の社員を中心にインタビューをし、それぞれの担当ジャンルの現状を話してもらったもの」(p.12)をまとめたという本。

この著者の本は、『書店風雲録』も、『書店繁盛記』も読んだおぼえがある。

「あとがき」のラスト。
▼「本」は素晴らしい記憶装置だ。(p.239)

ちょうど、アフマートヴァの詩のことを書いた『詩の運命 アフマートヴァと民衆の受難史』を読みかけているところで、「本」というかたちにならない(なるまえの)人の記憶にゆだねられた詩やことばのことを考えていて(アフマートヴァの話を読んでいると、やはり記憶によって「遺書」を届けた『収容所から来た遺書』のことも思い出して)、なんかここを読んだら、字を記して残したり、「本」というかたちにつくったり、そういうのができない時代と場所があったんやとつくづく思った。

この言葉で言及された本『考える人びと この10人の激しさが、思想だ。』は、田口の大切な友人・入澤美時がつくったもので、入澤はこの本に心血を注ぎ、夢中になって編集をしていた、という思い出が記されている(絶版だというので、図書館で予約してみた)。
もうひとつ印象に残ったのは、本を買うのに無駄をしたくない、カスをつかみたくないという話。

出版業の外郭団体「日本出版インフラセンター(略称JPO)」の専務理事だという永井祥一さん(元講談社の営業部次長)の話がある。
▼「最近の読者は『カスをつかみたくない』んだよ。つまらない本を読んで時間をムダにしたくない。だから誰か権威のある人の推薦とか、ベストセラーとか年間ベストとかがもてはやされる。アマゾンのお勧めとかベストとか、みんな見ているじゃない? こっちも逆手をとって、ブッククラブみたいなものをつくるとかさ、そこまで行かなくても出版界全部で知恵を絞って、「本の情報発信」をしていかなくちゃね。僕たちが忘れているのはそこなんじゃないかな」(pp.221-222)

私は学生だった頃(とくに院生だった頃)から勤めはじめて数年の間、やたら本を買いまくっていた。勤めるようになって多少の余裕ができた頃はともかく、ビンボーだった学生の頃に、よくあれだけ本にお金を割いていたなと今は思う(本代が、一ヶ月の食費の支出をぬかすときもあった)。

注文するのは主に大学生協の書籍部で、注文短冊をせっせと書いては出していた(もう短冊で注文するなんて、ないのだろうなー)。そのうちに、インターネットで注文して、早ければ数日後には生協書籍部で受け取れる、というのが始まってからは、ばかすか買うのに拍車がかかった。

本の現物を知っていて、つまりセンセイや先輩に教えられたり人が持ってる本を見て注文するのもあったが、まだ知らない本を注文するほうが多かったと記憶する。「これから出る本」でタイトルを見てとか、本を読んでいて後ろに出てくる参考文献リストからとか、書評などで見かけてとか、いろいろ。

そんな中で、受け取って(うわー、こんな本やったんか…買わなんだらよかった、高かったのにー)と残念、後悔、失敗したと思った本も、結構あった。買ったものの、ぱらっと見ただけで、結局読まなかった本もある。とはいえ、買った本はなかなか捨てられず、長いこと積んでいたなア…。

著者の田口は、こんなことを書いている。
▼…「必要な本」を買うのに便利なアマゾンでの、読者向けサービスに抜け目のないアマゾンでの、つまり「効率的な本の買い方」が日常生活に入り込んでくると、選書に失敗するという遊びがなくなり、本の選び方が痩せてくるのではないか? いやいや、無駄な買い物をしないのが現代人の生き方、と多くの人がいうのだが、「文化」というものは無駄と無理の果てにあるもの、と私は無謀にも考えている。実は本心では無謀でさえない、と思っている。(p.186)

私も、「カスをつかみたくない」気持ちは分かる。でも、あの失敗の買い物のかずかずが、自分の「本にたいする嗅覚」みたいなのを鍛えてくれたなーとも思う。だから、田口の書く「選書に失敗するという遊び」とか「本の選び方が痩せてくるのではないか?」には共感する。

「あの本!」と心に決めて本屋へ行くのであっても、行けばその場にはほかの本もいっぱいあって、そこをうろうろすることで、(あ、こんな本が~)というのはやっぱりあるから。

アマゾンの本の検索システムは、図書館などの蔵書検索に比べて、「あいまいさ」を拾ってくれる設計になっているなと感じるが(図書館の蔵書検索では、一字違っていてもヒットしない)、それでもアマゾンが持ってない本、アマゾンが扱わない本は当然のことながらヒットしないし、「検索した結果」に出てこないものが世の中にはたくさんあることを知っていなければなーと思う。

そして、「雑誌売場」のことを書いた章では、ジュンク堂で雑誌担当をしてきた小高聡美さんのこんな話を読んで、自分が編集部を離れてしまった『We』誌のことや、今も本ネタ原稿を書いている『ヒューマンライツ』誌のことなどをぼんやり考えた。

▼「そうですよ、雑誌って本当は編集長の顔が見えなくちゃいけないんです。商業雑誌は広告主義なので、雑誌の後ろが見えないでしょう? つくる人の顔が見えるのが〈いい雑誌〉って私は思います」(p.58)

▼「私たちは〈売る〉立場ですから、一冊でも多く売ることで雑誌を応援することしかできません。私たちができる雑誌のよさを伝える方法は、あらゆる雑誌を仕入れることと、バックナンバーを大々的に売ること。壁中が一種類の雑誌で埋まっていると、お客さんの目を引くし、そこが入り口になって〈面白い雑誌がある〉と思ってくれる、と私は信じています」(p.60)

▼「今出版社は雑誌のバックナンバーを持たないようにしています。維持費にお金がかかるとかで。多くの雑誌は広告収入があるので、極端にいえば、売れなくてもある程度の採算はとれるようにできているんです」(p.60)

そうか、広告収入があることで「売れなくてもある程度の採算は」ということもありうるのか、と自分の知らなかったことを知る。

(9/18了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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