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「レズビアン」という生き方 キリスト教の異性愛主義を問う


「レズビアン」という生き方 キリスト教の異性愛主義を問う
堀江有里
\2,310
新教出版社
2006年

クリスチャンであり、レズビアンである、そのことを引き受けて生きようとする著者。
キリスト教のなかには、こわいくらいの「同性愛者への差別」がある。
「同性愛は病気だ」と言い、同性愛者が牧師になるのはどうかという人もいたりする。

もとは『福音と世界』という教会の雑誌に連載されたもの。

▽「なにか」が足りないために、予期せぬ出来事が起こったとき、“わたし”という存在自体が、根底から揺るがされてしまうことがある。自己肯定の出発点は、まず自分の心のなかにあるクローゼットの扉を開放していくことなのではないだろうか。流されるままに生きているのであれば、隠蔽されてしまうもの--それを、陽の光に当ててみることなのではないだろうか。(34p.)

▽いまさらではあるが、読者の皆さんが、「セクシュアル・マイノリティ」と聞いて思い浮かぶイメージは、どのようなものだろうか。近年、大学の講義でアンケートを取ると如実に伝わってくることがある。まず、圧倒的に多いのは「性同一性障害」という単語。TBS系ドラマ「三年B組金八先生」(シリーズ六、二〇〇一~二年)で、上戸彩が「性同一性障害」の役を演じてから、それに言及する学生も少なくはない。おそるべし、マスメディアの影響!
 それにしても、そもそも、医療名である「性同一性障害」が流通し、当初、当事者たちが選び取っていた「トランスジェンダー」という言葉が抹消されそうになっている事態は、黙って通り過ぎることのできない問題であるような気はする。
 そして、「セクシュアル・マイノリティ」のイメージとして、つぎに多いのは、ゲイのイメージ。やはりこちらも昨今、マスメディアでカミングアウトしている人々のイメージである。それは、いわゆるオネエ--「男らしさ」と社会が認識している像から「逸脱」したあり方--のイメージでもある。つまり、ゲイと言っても、オネエという限定されたイメージであることに注目する必要はある。
 学生たちが提示するものをみると、圧倒的多数は、この「二大イメージ」であることに気づく。本来、様々な性のあり方を包括的に表現していこうとする「セクシュアル・マイノリティ」という言葉。しかし、実際には、その思惑から離れ、固定化したイメージを再生産しているに過ぎないのではないか、というのが、ここ数年のわたしの懸念である。(pp.154-155)

(5月26日読了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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