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きみはいい子(中脇初枝)

きみはいい子きみはいい子
(2014/04/04)
中脇初枝

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単行本のときに読んでみたいと思っていた本が、気づくと文庫になっていた。「虐待」をめぐる短編集、ともいえる。ある町に暮らす子どもやおとなの姿。それぞれのつらい経験が封じこめられている。

いつも給食をおかわりして食べるのに、やせっぽちで、いつも同じ服を着ていた神田さんの「おかしさ」に気づけなかった、教師になって2年目の「ぼく」。

「神田さんは、わるい子じゃないよ」「先生は知ってる」「神田さんは、いい子だよ」。
▼本当は、ぼくではないだれかがすべきこと。神田さんが本当に望んでいるのは、ぼくではない。だれか。
 でも。
 そのだれかから、どんなに望んでも、与えられないとしたら。(p.70)

ぼくは、神田さんがおびえないように、だきしめた。全然だめな教師のぼくだけど、「この子のためにだけでも、がんばりたい」(p.71)と思う。「明日も、学校に来よう。この子のために、来よう」(p.71)と思う。
虐待された娘である「あたし」。ママになって、嘘が上手になった。周りのママも、きっと同じように嘘をついているはず。見えない家の中では、みんな同じことをしてるはず。あたしだけじゃないはず。

子どもの言動に、心が波立つ。あたしの中の澱んだ水があふれてこぼれそうになる。「こどもならたたいてでも言うことをきかせられるのに、他人はなにひとつ思い通りにできないのがもどかしい。」(p.131)

鈍いと思っていたはなちゃんママは、鈍くなかった。あたしが、同じように被虐待の子どもだったことを分かっていた。はなちゃんママにも、あたしと同じような傷跡がある。

▼自分の体に刻まれたそのしるしを見るたびに、自分は、親に嫌われている、世界で一番わるい子だと思い知る。いくつになっても消えない、世界で一番わるい子のしるし。(p.137)

はなちゃんママは、近所の在日朝鮮人のおばあちゃんが、会うたんびにいつも言ってくれた「べっぴんさん」ということばを、あたしにも言ってあげたかったのだと話す。そのおばあちゃんが「べっぴんさん」「べっぴんさん」と言ってくれなかったら、親に外へ放り出されるたびにかばってくれなかったら、自分も虐待してたと思う、こどもがかわいいなんて思えなかったと思う、「だって、そうでしょ。自分で自分がかわいいと思えなくて、こどもがかわいいって思えるわけないよ」(p.139)と話してくれた。

収録作5篇はどれも、それなりにキツい話だけれど、小さな光を感じられた。もしかしたら生きる支えになってくれる言葉や思い出が、「家」や「親子」という枠の外に、ナナメの関係のなかに、あるのかもしれないと思う。

(8/10了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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