読んだり、書いたり、編んだり 

しんこ細工の猿や雉(田辺聖子)

しんこ細工の猿や雉しんこ細工の猿や雉
(1987/03/10)
田辺聖子

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前々からタイトルは知っていたものの、読んだことのなかった作。女学生の頃から「本ごっこ」「著者ごっこ」をして本を書くことを夢みていた少女が、芥川賞を受賞するまでの「自伝的長編」。

文庫本でほとんど400ページの長編は、まだ何者でもない若いときの、この先自分は何かになれるのか、どうにかなるのかと思い迷うこころ模様や、ときにはどーんと大風呂敷を広げたようになる自尊心が縷々綴られていて、そこがおもしろかった。山のように作品があって、愛読者も数多く、「田辺聖子全集」が出ているような作家にも、右往左往した若いときがあったんやなーと思いながら読んだ。

自分より上の世代の人は、年の差が縮まるわけではないから、会ったときから何者かであって、非の打ちどころがないように見えたりもして、その人にも今に至るまでに若いときがあったということが見えにくい。親にしてもそうだし、さらに上の祖母の世代になると、「おばあちゃん」が女学校のときにバスケットボールをしていたなどというのが想像もつかない。

田辺聖子のこの小説は、そこのところを想像させてくれるのだった。
自分より若い世代の作家(たとえば石原慎太郎)がデビューし、かれらが次々に発表する小説を、「カマドの下を焚きつけて(まだ電気釜は出廻っていない)めしたきをしながら」(p.144)読んでいると、「私は世の中に取り残されてゆく気がする」(p.144)。また勤めに出たらどうかという母の仄めかしもあって、朝鮮戦争のあとの不景気な世の中で、履歴書をせっせと書いて、新聞を見ては行ってみる「私」。

▼なんの感動も期待もなく、もう家にいて、おさんどんだけをしていたくない、という気持から、私は求人欄をさがした。行ってみると小さい汚いビルで、たいていもうきまったあとらしく、簡単に質問して、なげやりに履歴書を受け取るのだった。(中略)
 どこでも私は、ドアをあけて外へ出てホッとした。あとで返事のくるのもあったが、その場で断るのもあって、自尊心は、だんだんずり落ちて砂まみれになりそうである。(中略)
 私があたらしい職場を見つけたかったのは、あたらしい男たちに出あいたかったからである。台所を這いずりまわって、習いごとをしていたのでは、肉親やお婆ンの顔しか見られず、イキのいい男に出あうこともなく、閉塞状況であった。(pp.144-145)

「文芸首都」の大阪支部に出席した先輩の白川握氏が「小説は結局、自分の殻を破ってゆくことに尽きるね」(p.95)と言ったのを、「私」は思い出す。小説勉強をしている「私」は、作品を書いては読んでもらい、添削してもらいながら、ああでもないこうでもないと自分の小説のことを考える。

あるいは、同じように小説を書く人の、自身を語るセンスの違いを考える「私」。自分で真顔で「苦しい恋をしました」「作家の資質があるゆえ、その体験を活かせた」と人に言える男の言い方、「昔は、いい作品を書いた」と人に言える女の子の言い方、こんなのは自分には言えないと、「私」はその根っこは大阪弁にあるのだと書く。

▼私にそういうことが言えないのは、自信の無さや、謙虚な人柄のせい、というより、会社勤めのあいだに涵養された、大阪商人風のセンスのためなのだ。更にいえば大阪弁のせいなのだ。自分自身を見所あるという神経は、大阪弁にはないのである。そういうときには必ず、言いながら笑い出してしまう。あるいは笑いながらいわずにいられない。
 自己評価は一種のテレや含羞なしにできないのが、大阪のショウバイニンなのだ。そんなものは公開すべきでなく、公開は他人に対して失礼にあたるのである。私は、文学の世界に、ショウバイニンのセンスをもちこんでいたのであった。しかし、いかにしても、私には
 「昔は、いい作品を書いた」
 「私も苦しい恋をしたことがある」
 とは、やっぱり、いえそうになかった。人が応酬にこまるようなコトバを発してはならない、というのも、大阪のショウバイニンの社交のいろはである。
 私は、それが骨の髄まで、からみついてしまったとみえる。小説家志望や文学青年のなかへたちまじると、違和感をおぼえることが少くなかった。それが文学の世界では通常かもしれないが。(pp.142-143)

文学の世界では、いけしゃあしゃあと「自分には見所がある」てなことを言うのだろうか?

(8/1了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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