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牛を屠る(佐川光晴)

牛を屠る牛を屠る
(2014/07/09)
佐川光晴

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本屋をうろうろしていて、この新刊文庫を見かけ、読みたくて買った。もとの単行本は解放出版社から出てるそうだが(「シリーズ向う岸からの世界史」の一冊だという)、文庫版オリジナル対談が入っていたせいもある。

北大を卒業後に小さな出版社に勤め、そこで「社長並びに編集長とケンカをやらかして」(p.15)一年で失職した著者は、それからふた月ほど山谷から工事現場に出て働いた。

▼技術も経験も求められない下働きをくりかえす日々はつらかった。同じ肉体労働をするにしても、おいそれとは身につけられない仕事の中で鍛えられたかった。(pp.14-15)

ハローワークで、「希望する職種」を編集者から屠殺場の作業員に変更したいと申し出た著者は、そこで埼玉県内の、通勤にも便利であろう大宮で求人があると知り、翌日には面接をうけにいった。

▼なんのためにここで働くのかと問われれば、それは生活の糧を得るためであり、屠殺場意外に行き場を思いつかなかったから、ここに来たのです。
 そんな回答で入社が認められるとも思えなかったが、せめて正直に堪えることで誠意を示すしかない。そう決めたものの、不安は消えなかった。(p.17)
総務では、「この学歴であれば、営業でも総務でもいいので、事務所のほうで働いてもらえませんか」(p.17)と言われたそうだが、著者は現場で働くことを希望した。「もし向かなければ、いつでも事務所に移ってください」(p.18)とまで言われながら、作業課に案内され、「やりたいなら、やってみな」と入社は許された。

が、待ち構えるようにしていた作業課の先輩男性から「ここは、おめえみたいなヤツの来るところじゃねえ」(p.19)と怒鳴られる。

働きはじめた初日から、その先輩にせんど怒鳴られながら、著者は目の前の仕事に向かい、少しずつ教えられ、先輩たちを見て、ときには手を添えてやってみせてもらいながら、仕事をおぼえていった。

そうやって屠殺の仕事をしてきた10年半のことが、この本には書かれている。「技術と体力が全てだと思うからこそ、屠殺場で働いているのだ」(p.104)という著者は、「懸命に屠殺の腕をみがく一方で、いったいいつまでここで働くのだろうと思い悩まない日はなかった」(p.106)とも書いている。

生活のなかで(たとえば床屋へ行った時に)なんの仕事をしているとか、屠殺場で働いている理由をたずねられたことはなかったのに、それでも著者は「常に理由を問われているように感じていた」(p.112)という。「なぜこの仕事を」という理由よりも、「この仕事を続けられた」理由なら答えられると、著者は記す。

▼屠殺が続けるに値する仕事だと信じられたからだ。ナイフの切れ味は喜びであり、私のからだを通り過ぎて、牛の上に軌跡を残す。
 労働とは行為以外のなにものでもなく、共に働く者は、日々の振る舞いによってのみ相手を評価し、自分を証明する。(p.112)

このくだりを読んで、私は今まで転々としてきた「仕事」のことを考えた。私はなぜ、何年かは続けられたのか、そして辞めたのかと。そして、共に働いた人のことを、少し思い浮かべた。

「働く」ということについてのいろいろがこの本には書かれていて、文庫オリジナルという巻末の対談では、著者はこんな発言もしている。

佐川 ヘトヘトになるまで働きたいとは思っていました。「おれみたいな人間はヘトヘトになるまで働いちゃわないとダメだ。頭だけで行くとロクなことを考えない」という確信があったというか。(p.149)

そういう「働く」話としてもこの本はおもしろかったけど、私は「屠殺という仕事」にもやはり関心があったから、この本を買ったのだ。むかし屠場のフィールドワークに行った記憶も大きい。

大学生だったころ(もう20年あまり前)、松原の旧屠場へフィールドワークに行った。一度は同和教育論だったか部落問題論だったかの授業の一環で、もう一度は解放研のフィードワークだったと思う。そこでは、著者が10年働いていた屠場と同じようなやり方で牛や豚を屠っていた。

前に内澤旬子の『世界屠畜紀行』を読んだときにも、イラストを見て文章を読みながら、あの松原の旧屠場の作業風景をぼんやり思い出していた。この『牛を屠る』では、ナイフを操り、牛や豚を解体していく作業のもようを読みながら(巻頭に牛の作業場のイラストが一枚入っている)、やはり20数年前に見た屠場を思い出していた。蒸し暑いようなムゥーっとした空気や、血と脂のにおいも。

著者がそういう昔ながらの方法で牛や豚を屠っていた頃、すでに東京の芝浦屠場はすっかりオンライン化されていて、物書きになってから全芝浦屠場労組の人と話したとき、「佐川さんの話を聞いていると七十、八十の爺さんと話をしてるみたいな気がする」(p.133)と言われたそうだ。私がフィールドワークに行った旧屠場もすでにない。

著者が作家専業で行くと決めて退職してから、O-157や狂牛病があり、大宮の古いままだった牛の作業もオンライン化され、仕事のやり方は大きく変わった。かつては、3時にはあがれた仕事も、入荷頭数は減っているのに毎日夕方までかかり、持ち場どうしで手を貸し合うこともなく、ナイフは3日に1度研げば十分だという。

▼だからといって、昔は良かったと嘆くつもりはさらさらない。いつだって人は、与えられた環境の中で、自分なりのこだわりを見つけながら働いていくしかないのだ。(p.134)

この著者の本は、前に『ジャムの空壜』を読んだことがあった。この本を読んで、著者のデビュー作となった「生活の設計」や、ほかの小説を読んでみたくなった。

(7/22了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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