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花ならば赤く(有吉佐和子)

花ならば赤く花ならば赤く
(2014/07/18)
有吉佐和子

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有吉佐和子の文庫本は、5月にhappy birthday to meで一冊買い(『仮縫』)、この没後30年の復刊がおもしろかったので、もう一冊買って読み(『処女連祷』)、こないだ『音のない世界と音のある世界をつなぐ』を探した本屋で、単行本未収録の「50年前の長編」を文庫化したばかりというこの本を買った。

昔むかし、『週刊明星』に連載されていたそうで、単行本にならなかった理由は今となってはハッキリしないらしい。巻末で娘の玉青は、ある編集者の「忙しくて単行本にするひまがなかったのではないか」との推測とともに、実際に次から次へと作品を発表し、くわえて人生の大事が続いたその頃の母親の数年に言及している。

これは20歳の晴子のお仕事小説であり、恋愛小説でもあった。それを当時30歳だった有吉佐和子が書いている。

知人から、夫がこれから始める事業を手伝ってくれないかと声がかかって、短大を出たばかりの小河内晴子は、口紅を製造販売する小さな会社に入る。いるのは老人と、おっさんが数人、若い科学者がひとり。

▼どうせ此の中では事務も雑用程度だろう。それが不満とは思えなかった。何より、晴子はこんな大人たちの中に一人で混りこむことに、ある新しい魅力を感じていた。どの人たちも、晴子がこれまでに見たこともない「変な」ところがある。(p.19)
社長の老人と、おっさん数人と、若者、これに加えて、マネキンとして加わったヒロミ、口紅工場の中学出の女子工員たち、そして社長夫人のとき子という人間関係のなかで、晴子の率直さ、初めてのことに飛び込んでいく大胆さが描かれる。

会社のおっさんたちにとって、あるいは年上の女性たちにとって、晴子の言動は意外なものにうつるらしい。それは世代的なものなのか、晴子という個性なのか。

世間で言われている「女というもの」「男というもの」「夫というもの」「妻というもの」…それは、こんなものなのか?と晴子は、初めてのことを知り、経験しながら考える。「処女を奪われる」のは"ひどい目に会う"ことなのか、「男と二人きりで一泊旅行をする」のは"由々しい"ことなのか、「責任」とはいったい何だろう、等々。

未知の世界に怖じない、晴子の軽やかな冒険心が読んでいておもしろい。物語の最後にはこの口紅会社を辞めた晴子の呟きがある。

▼「陽光の足りないところでは、カンナだって赤くは咲かないと思うけど、私は大日本虹彩で、何にも遠慮しないで生きていたような気がするのよ、後悔なんかはしていないわ。ただ、赤い花は咲かなかったような気がするの。会社を変えたのは、少し環境を変えたかったのよ。(略)」(p.400)

小説が書かれたのは、50年あまり前の1961年。この年、母は主人公の晴子より1つ2つ上だが、『週刊明星』を読んでいたりしたかなー、どういう層がこの小説を読んだかなーと思った。

(7/22了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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