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誠実な詐欺師(トーベ・ヤンソン、冨原眞弓=訳)

誠実な詐欺師誠実な詐欺師
(2006/07)
トーベ・ヤンソン、冨原眞弓=訳

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前々から、何度かこの文庫を借りてみるも、話にうまく入れないかんじで、ちょろっと読んだだけで返したり、積んだまま返したりで、読みきることがなかった。文庫の裏表紙には「ポスト・ムーミンの作品の中でもNo.1の傑作として名高い長編」と書いてあるが、やはり名作でもノれるときとノれないときがある。

それでも『少女ソフィアの夏』『彫刻家の娘』と読んだヤンソンの自伝ぽい物語がおもしろかったので、これもまた借りてみた。

こないだちょっと遠方へ出かけるときに、この文庫本を入れて出て(軽いし)、それで乗り換えの待ち時間のときなどに読みはじめてみた。最初の数ページは、どれが人名でどれが地名なのか分からないところがあって、しばらくページを行きつ戻りつしていたが、カトリ・クリング25歳と、弟のマッツ15歳が、海辺の村ヴェステルビィで暮らしている、というのがまず分かってきた。
カトリは、「数字と弟のことしか頭にない」。「彼女の大きな犬には名前がない」。父親は材木を買いに行ったきり帰ってこず、母親が死んでからは「雑貨店の仕事をひきつぎ、店の帳簿もつけるようになった」。とても利口な娘だが、近寄りがたいところがあり、雑貨店の勤めもやめることになった(店主は屋根裏部屋からカトリを追い出したい)。

カトリは、夜中にベッドのなかで考えごとをする。
▼とくにお金、たくさんのお金のことを考える。すみやかに手に入れたい。賢明に、誠実に、蓄える。お金のことなんか考えずにすむように。ありあまるお金がほしい。あとで返せばいい。なによりもまずマッツにボートを与えたい。船室[キャビン]と船内モーターつきのよく走る大きなボート、ほかになんの取柄もないこの村で造られる最高のボートを。(p.8)

名前のない犬をつれて、カトリは灯台のある岬へ向かう。岬の近くには、画家アンナ・アエメリンが「たったひとりで、お金に埋もれて」住んでいるお屋敷がある。彼女の両親は長生きをして、亡くなるころには魔法使い[トロール]のように裕福だった。アンナの絵本はほぼ1年おきに出版され、印税やキャラクター収入がある。お金の心配がないから、無頓着でいられるアンナ。

お屋敷を見ながら、カトリは思う。
▼あそこに彼女が住んでいる。あそこにマッツとわたしも住むようになる。でも待たなくては。あのアンナ・アエメリンに、わたしの人生のなかで重要な場を与えるには、まだじっくりと考えなければいけない。(p.12)

カトリは、誠実に、「あそこ」に近づいていく。愛想や追従が言えないカトリは、ただ「誠実に」事実を述べる。アンナのところに食料品などを届けてくれる雑貨屋は値段をごまかしているとか、この人に払う手間賃は相場からすると高すぎるとか、絵本の印税契約がかなり安いものになっているとか、いかにアンナが周囲からお金をむしりとられているかを数字で明らかにしていく。

周囲の人間から好かれなくなるのではと不安をうったえるアンナに、カトリはこう言うのだ。「人間というのは、自分がやすやすと騙せる相手を好きになりはしないものです」(p.57)と。

それでも、お金がそれほど重要だとはかぎらないと言い張るアンナに、カトリは言って聞かせる。
▼「マルッカやペンニはさほど重要でない、それはそうかもしれません」「重要なのは誠実であること、そして騙されないことです、たとえ1ペンニであっても。他人のお金を奪うことがゆるされるのは、そのお金を増やして、正当な分け前をさしもどす場合に限られるんです」(p.58)

そして、カトリは、まさにこの「誠実な」やり方で、これまでアンナが"騙されていた"お金関係のことを一つひとつ仕切って、それで増えた分のお金を自分とマッツに分け前として与えていく。アンナの家事を週に1度手伝っていたスンドブロム夫人に代わって、カトリがその仕事をするようになり、ある泥棒事件をきっかけに、カトリとマッツは、アンナの屋敷に引っ越した。

アンナとカトリは、年齢の違いもあるのだろうが、対照的な人物として描かれている。犬に名などいらないと言い、犬は私に服従しているのだというカトリ。屋敷の一角を占めるようになった犬を勝手に「テディ」と呼び、カトリによる犬のしつけを覆すように、エサを食べさせようとし、棒を投げて取ってこさせようとするアンナ。

それぞれ我が道を行くようだった二人が、いやおうなく互いに関わり、自分のそれまでの習慣さえ変わったりする。「正しい」数字をカトリに見せられ、周囲の偽善を聞かされながら、アンナはこれまでのように素直に周囲の善意を信じることができなくなっていく。カトリもまた、あまりに素朴に相手を信頼するアンナに、自分は数字、数字、お金、お金というだけでいいのかと思ったりする。

そんな女二人のあいだで、マッツは穏やかに自分の世界を守り続けているように見える。とくにマッツとアンナとの間の「本を介した友情」が印象的だった。アンナの本を借りて、マッツが読む。姉のカトリがすすめる本を読んでいた頃には、感想を聞かれたら「すごくよかったよ」と言うだけだったマッツが、アンナと本の話をし、好きな本を貸しさえする。アンナとマッツは二人とも冒険の物語が好きなのだ。

▼いつも同じ主人公たちが登場する物語では、特定しなくてもジャックやトムやジェーンに言及し、彼らがその後どうしたこうしたと語りあえる。共通の知人について罪のない噂話に花を咲かせるようなものだ。文句をつけたり、誉めちぎったり、ぞっとしたりしながら、遺産の公平な分配、恋人たちの結婚、悪者の因果応報の末路といったハッピーエンドを存分に味わう。アンナは昔の本をあらためて読みなおし、いちどきに友だちの大きな輪をみいだした気がする。そこではだれもが多少なりとも冒険を生きている。アンナはしあわせだった。夕方にマッツが来ると、台所でコーヒーを飲み、それぞれの本を読み、お喋りをする。カトリが入ってくると、ふたりは口をつぐみ、カトリがでていくまで黙っている。(p.63)

物語の最後には、わけがわからなくなった。カトリが、自分はアンナに嘘をついたと、自分はアンナに誠実ではなかったと言うのだ。「最初から嘘をついた。ほかの人たちについて正しくないことをいった。わたしが誤っていた。あなたにいっておくべきだと思う。だからどうってわけじゃない。でもいわなくては」(p.195)とカトリはアンナに早口でしゃべった。

アンナはそのカトリに向かって、「すばらしい」「みごとなものね」と応じる。
▼「あなたには驚かされる。世界一くそまじめな石頭だと思うこともある。ほかの人はお喋りをするのに、あなたは自分の意見を述べる。あなたの愉快なところはただひとつ、人が夢にも思わないことを急にいいだすこと。いま、愉しい?」(p.196)

「あなたってすごい人ね」「あなたは数字を弾いて証明する。ひとりひとりの欠点をあばき、納得させる。そのあとでおめおめという、あの人たちに罪はないと。なぜなの?」(p.197) アンナはカトリに問いかける。

カトリはマッツにボートを与えることができて燃え尽きたようにも見えるし、自由に目覚めた犬を見送ってわが身を振り返っているようにも見える。物語のなかで、終始カトリに脅かされているかのように思えたアンナが、最後には堂々と見える。これは年の功なのか、あるいは春の近づきを感じるなかで森の土壌を再び描けるという喜びなのか。

フシギな、そしてずっと読めずにいたのに、読み終わってみると、みょうに心に残る話だった。

(7/21了)

*表記の不揃い
p.53 作中でずっと「スンドブロム夫人」と出てくる人が、1箇所だけ「スンドブルロム夫人」と「ル」が入って出てくる。これは全面改訳をほどこした結果なのか、単なる余り字か?
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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