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音のない世界と音のある世界をつなぐ―ユニバーサルデザインで世界をかえたい!(松森果林)

音のない世界と音のある世界をつなぐ―ユニバーサルデザインで世界をかえたい!音のない世界と音のある世界をつなぐ
―ユニバーサルデザインで世界をかえたい!

(2014/06/21)
松森果林

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こないだ読んだ『誰でも手話リンガル』の著者の新刊。岩波ジュニア新書をおいてる本屋がかなり少なく、何軒かまわってやっと入手。図書館にも入るだろうが、読んでみたくて買った。

「私の特性、そして強みは聞こえないことです」(p.iii)という著者は、小4で右耳が突然聞こえなくなり、その後、左耳の聴力も少しずつ失って、今はほとんど聞こえない中途失聴の人。「聞こえる世界」と「聞こえない世界」と、その間の「聞こえにくい世界」を実体験してきたからこそ、それがどんなことなのか、想像ではなく、自分の言葉で語ることができる。

「耳が聞こえない(聞こえにくい)」ことは、外見からは分かりにくい。だからこの本では、ユニバーサルデザインを考えるときに抜け落ちがちな「聞こえない・聞こえにくい」側の視点で、それがどんな世界なのかが述べられている。同時に著者は「世の中には外見でわかる障害だけでなく、様々な特性や個性を持った人たちが存在することを知ってほしい」(p.vi)という。それぞれの人にとって「バリア」になるものが違うことを、著者は「いろんな人」とのつきあいの中で身をもって知り、そのこともこの本で伝えようとしている。
「聞こえない・聞こえにくい」人にとっては便利で役立つものが、別の人にとってはついていけないものになったり、かえって暮らしやすさを損なうものになる可能性もある。

▼「障害の形態によってニーズが異なり、ときにはそれらがぶつかりあう」こともあります。それに対してお互いが歩み寄り、優先事項を整理し、結果的に皆にとって有効になるのはどんな方法なのか、その話しあいを繰り返していく、その積み重ねと歩み寄りが、より良いユニバーサルデザインにつながっていくのです。(p.181)

そこのところは、著者が関わった羽田空港国際線旅客ターミナルビルのユニバーザルデザインを例に、議論し、つくりあげていった過程で、それぞれのニーズがぶつかりあったときにどうしたか、どちらかのニーズを優先させたときには何が判断基準になったかが詳しく書かれている。

「聞こえない・聞こえにくい」人にとってどうかという視点だけでなく、こういう場合にはこんなことが困る、こうであってほしいというそれぞれの立場の人の意見に、ナルホド~と思うところがいっぱいあった。

話し合いを積み重ねていくための情報保障のことも、この本では考え方とともに、具体的に役立つ機器やソフトウェアの紹介をしている。とくに、音声認識を利用した会議の支援アプリ「UDトーク(http://plusvoice.jp/UDtalk/ )」は、ええな!!と思った。「はい、青木です!」と言ったのが「早起きです!」となったり、「松森です」が「目詰まりです」となったり、笑える誤認識もいっぱいありつつ、このアプリを聞こえる人と聞こえない人が一緒に使って会議をしてきた経験をもとに、著者はこう書いている。

▼会議や話しあいのユニバーサルデザインとは、言いたい人が言いたい放題言えることではなく、「参加している人が同じ情報を共有できる」ということが大切なのです。そのために、手話通訳や要約筆記、そしてUDトークという音声認識の活用も一つの方法としてあるのです。(p.208)

手話通訳は聞こえる側、聞こえない側の双方にとって「お互いに同じレベルでコミュニケーションをしたり、情報の共有をしたりするために」(p.80)必要なものだということも繰り返し書かれている。手話通訳=聞こえない人のため、と思っている人があまりに多いので、このことはしつこくしつこく伝えていくしかないと私も思う。

▼手話や手話通訳は、聞こえる世界と聞こえない世界をつなげてくれます。そしてそれは、どちらか一方にとって必要なのではなく、お互いがスムーズにつながるために両方にとって必要な存在なのです。(pp.132-133)

10代半ばでほとんど聴力を失った頃の経験を書いた3章は、読んでいてちょっとしんどい。聞こえていた音が、しだいに聞こえなくなっていく中で、友人や先生、親とのやりとりがうまくいかず、「できないことが、少しずつ増えていくという感覚」(p.90)だったという。

聞こえない・聞こえにくいことでいじめられ、からかわれることが増えて、「聞こえるフリ」をしようと決心した小学生は、相手が何を言っているかわからなくてもわかったように頷き、相手が笑っていればなぜ笑っているかわからなくても笑った。授業では、答えがわからないのではなくて、そもそも先生の質問が聞き取れなくてわからない。何度も聞き返すことができず「わかりません」としか言えなかった著者は、学校生活のなかで神経をすりへらしていく。

今なら、「聞こえないことを説明して理解してもらい、適切なサポートを求める」こともできるけれど、当時の著者はできなかった。「聞こえないのは恥ずかしいこと」「聞こえないことはできるだけ隠しておきたい」「できるだけみんなと同じようにしていたい」という思いが強かったからだ。

高校時代は、いろんな意味で著者の転機になった。ある先生に言われて、「聞こえないことは、外から見て分からない」と初めて気づいた。「だれもわかってくれない」と一人で抱えこんで嘆いていたけれど、みんな「わからなかった」のだと気づき、勇気を出して校長先生に自分の状況を正直に話してから、授業も少しずつ変化した。

中学生のときには一人で悩んでいた辛い状況を、高校、大学と進むうちに、その状況を別の形へ変える努力をしようと思うようになった著者の経験は、もっと社会をユニバーサルなものにという思いにつながっていく。

ちょっとタイトルが長すぎるなーと思うけど、著者の主張を最大限コンパクトに表現すると、やはりこれかなーとも思う。障害者差別禁止法の「合理的配慮」を考えなければナラナイ人などにも、ぜひ読まれてほしいと思う。(それにしても「合理的配慮」は訳語が悪い。「配慮」をする側と、される側をカンタンに分けてしまいやすいところがとくに。reasonable accommodationが、なんで合理的"配慮"になるのだろう。)

(7/21了)

※イラストのタイトルが入れ違っている
共用品ネットの「音カタログ」も確認したが、p.49のイラスト(http://kyoyohin-net.com/oto/house.html)の左上に「きこえる世界」とあるのは、「きこえない世界」が正しく、p.52のイラスト(http://kyoyohin-net.com/oto/house_sound.html)の左上は「きこえない世界」とあるが、これは「きこえる世界」が正しい。

音カタログ(共用品ネット)
http://kyoyohin-net.com/oto/
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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