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純愛小説(篠田節子)

純愛小説純愛小説
(2011/01/25)
篠田節子

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こないだ本読み友だちが「おもしろい」と言ってたので、借りてきて読んでみる。たしかにおもしろかった。えええっと思い、目が更新されるようだった。

このタイトル、「泣ける」とか「せつない」とか「甘い」とか、そんなコトバとともに"純愛"がどーのこーのと売り出される小説群と似たもののようにみせかけて、かなり違う。むしろ、そういうマクラ言葉で売られる小説に(ケッ)と思う人向けかもしれない。

表題作は、吉岡という編集者が主人公。自分が担当することになった作家は才能がない、新人賞をとった一作だけで確実に消えるだろう、うちの会社では担当作家の実績が編集者の実績になるのにこれじゃ…と、古くからの友人・柳瀬に愚痴ったら、思いがけない言葉が返ってきた。

「なけりゃ引き出してやるのが、吉岡の仕事だろ」(p.20)、「そいつの最大の才能は凡庸さだ。退屈な凡庸さを世間が共感する凡庸さに転化させる。それが君の仕事だ」(p.21)と柳瀬は言うのだ。凡庸の何が悪い、と柳瀬はこう言った。
▼「何か間違えてないか、吉岡。自分の作りたいものを作って、売れないのは客が悪い、じゃ通らないぞ。買い手のニーズをきっちり調べて把握する。それが物作りの出発点だろう。いいか、世間の99パーセントは凡人だ。そいつらの気に入るのは、上から70パーセントのところにいるやつが作り出したものだ。決して最先端を走っている天才が作るものなんかじゃない。世間一般の読者が何を読みたいのか、君はちゃんとリサーチしてるのか?」(pp.20-21)

こうした柳瀬とのやりとりは、吉岡にとって不愉快で腹立たしいものだったが、それから無意識のうちに、その担当作家の「凡庸さ」を才能に磨き上げようと努力しはじめていた。

そして数年後、純愛ブームのさなかに、ついにベストセラーに躍り出た。吉岡は、社内に「純愛小説」のシリーズもつくった。あのときの柳瀬の言葉がなかったら、自分はいつまでも不平不満を並べる、正真正銘の負け犬になっていただろう、と吉岡は思う。

作りたいものと、売れるものとが一致することはなかなかない。柳瀬の言うように「自分の好きなもの、思い入れのあるものを本にするのは仕事とは言わないんだよ」(p.19)というのは、そうなのだろう。「売れる」ものをほとんどつくったことがない私は、ちょっと考えてしまった。

表題作の話のメインは、柳瀬夫婦の危機で、そこに「純愛小説」のようなことは物語の中だけと考える吉岡のような女と、「純愛小説」に出てくるような男は実在するのだと思う柳瀬の妻のような女が絡んで、思わぬ結末になる。

「鞍馬」は、篠田の『長女たち』を思わせるコワさがあった。これは、「父のため、妹たちのため、母のため」に生きてきた長女の話なのだ。

タイトルだけでは手に取らなかったかもしれないが、読み終わってみると、このタイトルで書かれた4つの話が、「純愛」というイメージを広げている、と思えた。

(7/19了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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