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太宰治賞2013(筑摩書房編集部)

太宰治賞2013太宰治賞2013
(2013/06/19)
筑摩書房編集部

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「ブックマーク」読者のなかでも、『さようなら、オレンジ』を読んだ方が複数いらして、本屋大賞などもとったようで、どんな話なんかなーと思いつつ、図書館で「さようなら、オレンジ」と検索してみると、単行本は5冊あって何十人かの予約待ちだった。もうひとつヒットしたのが、この『太宰治賞2013』で、この小説は太宰治賞の受賞作でもあったのだった。こっちは2冊あってガラ空き。

単行本になったほうは加筆修正されているのかもしれないが、タイトルは同じだし、こっちで読んでみようと『太宰治賞2013』を借りてみた。毎年のものが入っているのかと思ったら、この2013のほかには、2011、2000とえらい飛んでいる。1度買ったからといって毎年購入を続ける必要はないものの、図書館の選書基準なのか謎である(もしかしたら寄贈受け入れか? ←全集もので巻が飛んでいるのはこういうケースがある)。

受賞作を含め、最終候補作4篇と、選考委員(2013は加藤典洋、荒川洋治、小川洋子、三浦しをん)の選評が掲載されている。4人の選評をざっと読んで(多少の先入観を得てから)まず「さようなら、オレンジ」を読む。このときの著者のペンネームは、KSイワキ(けーえすいわき)となっている。

他の最終候補作は、「背中に乗りな」(晴名泉)、「人生のはじまり、退屈な日々」(佐々木基成)、「矩形の青」(水槻真希子)。
「さようなら、オレンジ」は、オーストラリアとおぼしき大陸で、母語ではない言葉(英語)を学ぶ場で出会ったサリマ(ナキチ)、サユリ(ハリネズミ)、オリーブが関わりあっていく話。これはたぶん、女が、母語ではない言葉の国で暮らすことを描いた話でもある。

サリマはアフリカからの難民として夫ともにこの大陸に渡ってきたが、サリマと子ども2人を捨てて夫は出て行ったまま。サリマは、スーパーで肉や魚を加工する仕事に、選ばずについた。まったく未知の土地で、親戚や友人を頼れるわけでもなく、なにより言葉が伝わらなかったから。夫が半年で投げ出したその仕事を、サリマは続けた。同じように国を離れた仲間が、同じように働いていた。

▼…揃いも揃って彼女たちの夫はなぜかその仕事を捨て、妻たちは男たちが捨てたナイフを拾い上げて格闘した。男たちはそれからさまざまな仕事を求め、日々の糧を得ることを覚えたが、女たちは一度手に入れた仕事を簡単に手放すことはしなかった。慣れてしまえば、まずまずの職場だった。最小限の英語しか使わなくてもいいし、仲間内では自分たちの言葉で気ままに話すことができた。(p.33)

見習いのころにサリマの教育係になった中年女が、働きに出るサリマを誰か見送ってくれるのかいと尋ねたとき、「お月さま、霧」(p.33)と答えたサリマに、「そうかい。ひとりじゃないんだね。よかった」(p.33)という言葉をかける。ここの場面が、最初に読んだとき、ぐっと印象に残った。

サリマの話をサユリが語る、というかたちでつくられた物語には、女の勉強したい思いが描かれてもいた。サリマにも、オリーブにも、英語の学校へ通おうと決めた経緯があった。サユリは「とにかく勉強したいんです」と英語の学校に来ていた。自身の勉強の半ばで、大学の研究員の職の決まった夫についてこの大陸に来ることになった彼女は、うまれた赤ん坊を連れて、通っていた。

▼「だれもこの国では私を護ってはくれないし外にも連れ出してくれない。言葉もわからず取り残されるのがこわい。ぼんやりしてたらすぐにおばあさんになりそうです」(p.40)

真剣にそう訴えるサユリを、サリマはうらやましいと思い、そんなに焦らなくてもと声をかけるオリーブに「あなたには現地人のだんなさまがいる、だんなさまがこの国の入り口だったはず」と返すサユリにとって、この国への入り口は英語学校なのかもしれないと思う。

そのサユリは、英語学校から、託児所もある大学のコースへ移っていったのだが、ある日、サリマがチーフとして働くようになっていたスーパーへ働きに来た。子どもが急死して、「この国でたよりになるの、ほんとにお金だけになった」(p.55)と言って。

大学の託児所に預けていたときに、赤ん坊は死んだ。「バカなんです、バカなんです、…子供を預けて勉強しようだなんて、あの子を託児所の冷たいベッドで死なせて。あたしがへんなこと考えずにあの子と家にさえいたのなら!」(p.56)とサユリは叫び、そしてこう言うのだった。

▼夫が疎ましかった、自分の好きなことを好きなだけやっている彼が、そうやって外の世界とつながって、家族を養っていると威張り散らしている男!その男の子供も私がなにかしようとすると泣き声をたてて恨めしかった。そう、あの子がいた! 私はひとりきりじゃなかったのに。(p.56)

オリーブ、そしてサリマの上司だった「監督さん」や、サユリの住むアパートの「トラッキー」など、生活するには不自由なく英語を使える人たちも、読み書きとなると思うようにはいかないことが、サリマやサユリの話の合間にみえてくる。

母語で話すこと、読み書きすること、そして母語ではない言葉で話すこと、読み書きすること、それぞれの言葉によって、感情の動き方が違ったりすることが、サリマや、オリーブや、夫や子どものことを「書く」サユリの言葉で、表現されている。

そうして「書く」言葉が、英語にはならず、どうしても日本語にしかならないと、物語のさいごで、かつて英語を見てもらった恩師にあてた手紙のなかで、サユリは訴えている。手紙の一節にはこう書かれている。

▼ところが、英語にならないのです。日本語にしかならないのです。先生、私は自分の言葉で書くのがこわい。心理的に正直に書くことが恐ろしくてたまらないのです。私はいままで、そういった人の心の奥底にある感情の沼を恐れるあまり、真摯に受け止めることができず、表面だけを器用にとりつくろうことしかできない不器用な言葉、第二言語である英語を隠れ蓑にして綴ってきました。それが今回はできそうにありません。してはいけない気がするのです。(p.101)

著者のKSイワキは、大学卒業後に単身でオーストラリアにわたり、あちらで結婚し、在豪20年になるのだという。「受賞の言葉」の冒頭には、この物語に通じる、著者の思いが記されている。

▼これから先永く異邦人でいなければならないと知ってから、足下のおぼつかなさを庇いながら歩くたび、たえず靴の底に入った小石のように私を苛んだのは、日々、異国語に吸い上げられていく母語、私という人間の軸である日本語が痩せ細っていくことでした。(p.25)

ふたつの言葉をより合わせながら歩いてきた著者の経験が、ふたつの言葉を通して、この物語になっている。母語が通じる地を遠く離れ、第二言語で生活することを考えるとき、音声言語がマジョリティの世界でろう者が暮らしている経験は、サリマやサユリやオリーブに似ているのだろうかと思った。

そして、この受賞作は、単行本化にあたって、なにか加筆修正されているのかどうかが知りたい。

***

せっかくなので、最終候補作の3篇も読んでみた。ひとつ読んで、選評(最終候補作について、4人の選評が巻頭にまとめて載っている)に戻って読み、ちょっと間をあけて、またひとつ読んで、選評も読み、休憩してから、またもうひとつ読んだ。

選評が一緒になっていて、容易に参照できるのが新鮮だった。なるほどなーと思うところもあり、そう読むのかと思うところもあり、自分が読んで気になった表現を誰かが指摘していないかと思いながら選評を読んだりした。本を読んだあとに、その本についての書評を読むおもしろさに似ていたし、4人の読書会をのぞき見するような感じもあった。

太宰治賞は、津村記久子が「マンイーター」で2005年に受賞したものでもあって(応募時のペンネームは津村記久生、受賞作はその後、『君は永遠にそいつらより若い』と改題して出版されている/川本晶子の『刺繍』も同時受賞)、巻末に、これまでの受賞者一覧とあるのを見ていると、1965年の第1回(受賞作なし)から、78年の第14回まで続いたあと、20年ほど空いて、1999年に第15回が復活、以後毎年受賞作がある。賞が途切れたのは、1978年に筑摩書房が会社更生法の適用を受けたためだという。

2013年の「予選(第一次選考)通過作品」が巻頭に並んでいる。応募総数は1378篇だそうで、小説を書いている人はいっぱいいるんやなぁーと、つくづく思った。第一次選考通過が120篇、そのうち二次選考を通過したのが16篇、最終選考に残ったのが受賞作を含めて4篇。

(7/4了)

太宰治賞(筑摩書房のサイト)
https://www.chikumashobo.co.jp/blog/dazai/

各回の「選評」や「受賞の言葉」も読める。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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