読んだり、書いたり、編んだり 

荒野の古本屋(森岡督行)

荒野の古本屋荒野の古本屋
(2014/03/06)
森岡督行

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東京・茅場町(というと金融街、と思ってしまうのは、私のイメージ貧困なのだろうなー)で古本屋&ギャラリー「森岡書店」をやっている著者が、大学を出たあとのその日ぐらし(本と散歩の日々)から、神保町の老舗古本屋で就職し、その後、このビルや!と古いビルで古本屋を構えて独立して、これまで…という15年ほどの間を書いたもの。

著者がかつて「就職しないで生きたい」と考えていたということもあるからか、「就職しないで生きるには21」シリーズの一冊になっている。

古本屋が好きとか、古本屋をやっているという人の本を読むと、もちろん図書館で本を探すのとは違うのは分かるのだが、とにかく古本屋で本を探して買うことばかり書いてあって、私などは(江戸時代や明治の本ならともかく、昭和初年くらいの本なら、市立の図書館でも蔵書や相互貸借で探し出して読めることが多いのに…)と思うことがよくある。定期刊行物(雑誌)や、大手の取次の流通に乗ってない資料(マイナーな雑誌をはじめ、ミニコミ誌だとか業界紙、いまでいうZINEみたいなもの)の場合は、公立図書館では難しいので、古本屋で探すかなぁとは思うけど。

この本では冒頭から、図書館の本を読んでる話が出てきて、そこに「おっ」と思った。
▼このころの私の暮らしは「本」と「散歩」を軸に動いていた。食べることでもなく、働くことでもなく、「本」と「散歩」に自由な時間と持てるお金の多くを費やしていた。
 もっとも、持てるお金といったところで、先の予算の範囲内だから、ポケットの小銭をジャラジャラ鳴らして歩く程度のこと。古本屋の軒先を漁る、図書館で本を借りる、それらを散歩しながら読む。喫茶店に入って目を通す。このくり返し。(pp.20-21)

▼神保町に行くのは月に数回程度で、私の読書生活の大部分は、じつは中野区立中央図書館に支えられていた。(p.39)

一度に10冊まで借りられるその図書館で、著者は「気になる本はつぎつぎと借りまくった」(p.41)と書いている。

図書館の話はまだ出てくる。著者は、中野ハウスという、戦前のままのたたずまいを残す一角に建つ古いアパートに入居を決めたときから、12月になったら古い新聞を読もうと計画していた。

12月8日は、私にとっては父親の誕生日だが、著者にとっては、中学生のときに、まず「ジョン・レノンが射殺された日」として認識された。この日が真珠湾攻撃の日だと著者が知るのはずっと後のこと。

住んでいる中野ハウスも、よく音楽を聴く喫茶店も、アルバイト先も、昭和初期に建造された空間で、そういう環境もあって、著者は「現代のメディアからの情報をできるかぎり遮断して」(p.69)、昭和16年当時の12月1日から8日までの新聞を順に読んでみようと考えた。

中野区立中央図書館に縮刷版のあった朝日、読売、毎日のうち、朝日にしぼって読むことにした。だが、その紙面をコピーして準備するときに、見出しなどに触れてしまって内容がわかってしまうのは避けたい、最初に見たときのインパクトを大事にしたいと、著者は、図書館のカウンターの人に、代わりにコピーをとってもらえないかと頼むのだ。ある職員さんが、事情をわかって、快く引きうけてくれたばかりか、もう少し先まであったほうがいいだろうと12月15日のぶんまでコピーをとってくれたそうだ。

そして、著者は1997年の12月1日から、当時の人たちの暮らしに思いをはせつつ、「1941年12月1日」の古い新聞を読みはじめる。この、読んでいく日々の記録がおもしろい。大きい見出しや、出版社の広告にも、時代を感じ、似たような内容の、つまりは一番の関心事は戦争という体の新聞の朝刊を読み、夕刊を読みながら、当時の人たちが、どんなふうに世界を認識していたのかを感じようとしている。

▼いまと違い、国外の情報を得る手段が、統制された新聞や少数のラジオにたよるほかない状況では、日中戦争の勝利を妨害しているのは米英と考えるしかないだろう。タイを侵略しようとしているのも米英、アジアの秩序を乱そうとしているのも米英。それなら、いっそのこと米英をたたいてしまえ、同盟国のドイツはヨーロッパで快進撃をつづけているではないか、というふうに思考が働くのも無理がない。こうして日本中の人々は12月8日を迎えたのかと思った。(p.73)

この昭和16年体験のときに読んだ紙面には、のちに著者が入社する古本屋、一誠堂書店の広告もあったという。それからほどなくして、リアルタイムの朝日新聞紙上に、一誠堂書店の求人広告が出ていて、著者は応募し、入社することになる。

読書好きを自認していた著者だったが「ときおり尋ねられる書名が、まったくわからない」(p.92)状態。専務も、先輩社員も、みな寛大に、冷静にフォローしてくれ、著者は、わからなかった書名や著者名などは、すぐに備品の人名辞典や各歴史事典などで内容を確認したという。

「わからないことは、わからないと謙虚にいえる姿勢が、より大切。古今東西の本のうち、我々が把握できるのは1%もない」(p.106)と著者を諭した専務の言葉が、すばらしいと思う。

もう一人、一誠堂書店の隣の、松村書店の松村さんが著者におしえた数々のことがら、「いいか、おまえ、カネなんかじゃないぞ、まじめさ、素直さ、朗らかさ、こういうのが大切だ。受験勉強では身につかないし、いくらカネを積んでも買えない」(p.118)という言葉も、心にのこる。

うしろ3分の2ほどを占める、古本屋をやろうということにしてからの日々の話…準備のところ(とくに買い付け)や、オープンした日と翌日は友人知人などが押しかけたものの、3日目から全然お客さんが来ない来ない来ない…という心が荒んでいった日々のこと(このときに、まるで「荒野の古本屋」だと著者は思うのである)、ギャラリーあるいはスタジオとしても書店を使っていくようにしてから徐々にまわるようになっていた経営のことなどが、この本では本筋なのだろうけれど、私には図書館ネタのところと、古本屋で働いていたときの話が、いちばんおもしろかった。

著者が古いビルに関心をもつようになったのは、祖母が戦時下の東京に住んでいた、という記憶が大きいそうだ。山形の寒河江から学徒動員で東京にやってきた著者の祖母は、狛江の東京航空計器で零戦の部品を製造し、梅丘の寮に住み(これは、いま「梅ヶ丘」というところか)、その後、青山の逓信局で電話の交換手の仕事に転じ、空襲で青山一帯が焼けたあとは高輪の電話局に移った、と祖母の記憶が記されている。こないだ津村節子の『ふたり旅』で学徒動員の経験を読んだから、1974年生まれの著者の祖母の世代というと、それくらいの年格好になるのかと数えた。

著者は、祖母から、戦時中の日記と写真を見せてもらったことがあり、東京で暮らしながら、駅に立ち、街を歩くときに、折にふれて若い祖母の姿を思い浮かべたことも書いてある。古い建物や本をみるときの著者の視点や、想像力の根をみせてもらった気がした。

著者の名は「もりおか・よしゆき」とよむ。ちょっと読めない。

(7/2了)

※誤字発見
p.50 吉野屋
 →これは牛丼店の話なので、吉野「家」(次のページはちゃんと「吉野家」になっているのに)

p.115 スポース推薦枠
 → 私立大学のスポーツの話なので、スポー「ツ」推薦枠で
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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