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赤い人(吉村昭)

赤い人赤い人
(1984/03/08)
吉村昭

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当時の囚人の獄衣の色から『赤い人』とつけられたこの小説は、明治の北海道開拓に、囚人の苛酷な労役が費やされた史実を描く。人のほとんど入っていない原野に送りこまれた囚人たちは、まず自分たちを閉じ込める獄舎を建設し、畑を開墾し、道路を切りひらき、炭鉱や硫黄採掘の現場で激しい重労働を担った。そのうえに、北海道開拓の「成果」はある。

囚人の両足首と腰縄の間には鎖が渡され、しかも2人ずつ鎖につながれていた。懲罰で鉄丸や鉄環をはめられた囚人もいる。それで実働9時間の激しい労働が課されている。夏のは虻と蚊に苦しめられた。

東京集治監(しゅうちかん)から北海道へ移監するのに最初に選ばれた40名は、政治犯を含む終身懲役囚ばかりで、「体が頑健で建築関係の仕事に器用であること」が共通点だった。だが、その選ばれた屈強な者たちのうちから、最初の2ヵ月余りで早くも病死者が出た。

明治5年に、イギリスの監獄制度を参考に、監獄則が改正公布された。幕政時代の「峻烈な罰則を含む刑法と因習にみちた牢獄制度」(p.72)を廃止し、寛刑主義となったことは、監獄則冒頭の「獄は人を仁愛する所以にして、人を残虐する者に非ず。人を懲戒する所以にして、人を痛苦する者に非ず」(p.72)と述べた部分にあらわれているが、現実に行刑関係の職にある者の頭の中は幕政時代のままだった。
明治14年9月、囚人たちの手で獄舎がつくられ、新たに発足した北海道の樺戸集治監では、冬を迎える前に、囚人が寒気をしのげる物の支給を申請していた。冬期の給与品が内地と同じでは囚人たちが凍え死ぬおそれがあり、また労役も困難になるからで、初代典獄の月形は、屋外での労役に備えて、獄衣と同じ朱色の手袋、足袋、股引の支給を乞うた。前例として宮城集治監で冬期の足袋貸与が許可されていた。

だが、内務省の監獄局長である石井は、岩手県からも足袋支給の許可願いが出ているが、省内では許可せぬ方針で、宮城の足袋貸与も中止するように伝えることになっていると言うのだった。月形に対する石井の弁は、小説ではこう書かれている。

▼「全国の囚情は、まことに不穏だ。それを鎮静する方法は、囚人に決して弱みをみせぬことにつきる。集治監の目的はあくまで囚人を懲戒させることであり、思い労役を課して堪えがたい労苦を味わわせることにある。それによって、囚人に罪の報いの恐しさを教え、再び罪をおこさせぬようにすることである。宮城集治監と岩手県が足袋の使用許可をもとめてきたのは、監獄の基本である懲戒主義に反する」(p.76)

結局、この年の冬には、囚人の手袋と足袋の使用許可がおりないばかりか、冬期に使用が許される綿入の獄衣、股引きさえ、内務省から金が届かず、購入することができなかったのである。

その後も樺戸集治監へは東京から200名近い囚人が移監されてきた。開墾作業中に2人の脱走囚が出て、かれらは看守によって斬殺された。その後も100名ほどの囚人が押送されてきて、獄舎には400名近い囚人が収禁された。

表面的には恭順な態度をとっている囚人たちだったが、長年つとめてきた看守長たちは、何かを起こそうとする気配が強く感じられると言い「弱みをみせぬことです。徹底した懲罰こそ暴挙を阻止する唯一の手段です」(p.87)と、典獄の月形に言うのだった。

その主張どおり、看守たちは、好ましくない態度をとる囚人たちには容赦ない重労働をさせ、作業を怠ける物には「両足に鉄棒を鎖でしばりつけ、半日または一昼夜起立させておく棒鎖の罰を課した」(p.87)という。囚人たちは懲罰をおそれて、作業にはげんだ。

冬が訪れ、ようやく内務省からの経費金が届いた頃には、唯一の運輸路である石狩川が結氷し、舟が遡行できなくなっていた。囚人に冬期の装備をさせられないだけでなく、食糧も越冬するには不足していた。

夏と同じ単衣のままの獄衣、食事は薄くなり、獄舎内は火気厳禁。就寝時にはあまりの寒さに体を休めることもできなかった。重労働にまったく見合わない衣食住の環境下で、病人が続出し、どんどん死んでいく。最初の年の暮れまでに、囚人の1割近い35名が病死、脱走囚2名が斬殺されていた。

その後も、内地から囚人がぞくぞくと送りこまれてきたが、逃亡も多く、斬殺され、射殺される囚人もあった。開設翌年の明治15年の逃亡囚は34名、病死、斬殺をふくめた死者は108名という。

樺戸についで、明治15年には空知集治監が設置された。空知では、樺戸と同様、囚人に開墾させるとともに、石炭採取の労役も課していた。

▼それまで炭山で作業に従事していた一般坑夫の採炭量と囚人使役による作業結果は大きな差があり、明治15年の採炭量3677トンが囚人の就役した16年には、わずか半年たらずで前年の5倍近い1万7301トンの石炭を採掘していた。その成果は、政府の期待を十分にみたすものであったが、囚人たちには苛酷な犠牲を強いた。(p.140)

7月の出役以来、68名の重軽傷者を出し、明治16年末までに51名が死亡、50名が次々に脱走して7名が斬殺された。翌明治17年は、ガス爆発などで157名が重軽傷を負い、57名が死亡、57名の脱走者のうち6名が斬殺された。その膨大な犠牲を、政府はコスト削減と考えていたのだ。

明治18年には政府高官の視察があり、「北海道開拓に囚人を積極的に使用し、しかもその作業は北海道発展の基礎となる道路開墾に集中すべき」(p.146)と建言された。道路開鑿は非常に困難な仕事であり、一般の道路工夫を使うと、多額の賃金を払わねばならないが、それは国家財政に大きな負担になるから、一般工夫ではなく、開墾や農耕にあたっている囚人を道路開鑿に転用すべしというのだった。

太政官大書記官の金子堅太郎が囚徒使役の必要性を述べたものが引かれている。
▼「(囚徒)ハモトヨリ暴戻ノ悪徒ナレバ、ソノ苦役ニタヘズ斃死スルモ、(一般ノ)工夫ガ妻子ヲノコシテ骨ヲ山野ニウヅムルノ惨情トコトナリ、マタ今日ノゴトク重罪犯人多クシテイタヅラニ国庫支出ノ監獄費ヲ増加スルノ際ナレバ、囚徒ヲシテコレラ必要ノ工事ニ服セシメ、モシコレニタヘズ斃レ死シテ、ソノ人員ヲ減少スルハ監獄費支出ノ困難ヲ告グル今日ニオイテ、万止ムヲ得ザル政略ナリ。(略)」(p.147)

金子は「囚人を獄舎にとじこめておくだけではなく国益を利するのに利用すべき」という欧米の刑罰制度と、囚人の労役活用を基礎とした囚人対策に共鳴し、北海道開拓にその方法をとることを主張したのである。その背景には、維新後、反乱事件の頻発で、各地の監獄に収容しきれないほど囚人があふれている事情があったというが、こうした考えは、ボロボロになるまで何かの仕事をしてこいと申請者を追い返して生活保護費を削減しようとするのと変わらへんなと思う。

こうして囚人を活用した道路開鑿の現場は、まさに死屍累々であった様子が描かれる。脱走もひんぴんと起こったが、看守が追って斬殺あるいは射殺し、遺体は放置されていた。

囚人に弱みを見せてはと看守は何事にも厳罰で臨み、それがまた囚人たちの憎悪をかきたて、殺意をいだかせる。看守はその殺意に近い憎悪を感じながら日々勤めるのだが、手抜かりがあれば看守もまた厳しい処分を受けた。互いの憎悪と恐怖を増長する環境がいたましい。

樺戸での花山看守殺し事件は、その一例だろう。樺戸を脱獄した囚人は、追ってきた非番の花山看守を殺し、その顔面を石で滅多打ちにしただけでなく、両目と喉に木の枝を突き立てていた。看守たちは自分たちに向けられた囚人の憎悪の深さを知る。看守たちは、数日後に発見した脱獄囚を捕らえて殺し、サーベルで切り刻み、もはや膾のようになった肉塊をスコップですくって他の囚人に見せしめとして晒した。看守たちの報復であった。憎しみが膨れあがっていくさまが、読んでいてキツい。

こうした厳罰と処分によって人を締め上げるようなやり方は、100年あまり前の、古い明治のことで終わらない。今も会社での社員管理や学校での人の管理の手立てとして、まったく古びずにあることが、やはりおそろしい。罰を与え、処分をちらつかせれば、管理する側の思うとおりに人を動かせるという発想は、どこからやってくるのだろう。

ちょうど、上映会で『生きてこそ 償える 癒される ~ある犯罪被害者家族が語る「死刑」~』を見たあとでもあり、罪と罰って何なのだろうと思った。

(6/29了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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