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就活のまえに―良い仕事、良い職場とは?(中沢孝夫)

就活のまえに―良い仕事、良い職場とは?就活のまえに―良い仕事、良い職場とは?
(2010/01)
中沢孝夫

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前半分は悪くない気がしたが、後半は「え?」「は?」と思うところがあり、ビミョ~な読後感。

大切なのは「こいつといっしょに働きたい」と思われることだとか、職場は不変ではなくて「よく変える」のも「悪くする」のもそこで働く人たちの意思が重要だとか、ともに働く仲間からの信頼や評価をかちえるのは短期間ではできないとか、相手先にとって必要な新しい仕事を次々と考え出すことが最重要なことのひとつだとか、やってみて初めて自分にも「こんな仕事ができる」と発見することが多いとか、そういうあたりは、それなりに分かるし、そうやろうなと私も思う。

でも、学生時代の経験としてアルバイトそのものは良い悪いはないが、「飲食店やファーストフード店といった誰でもできる一般的なバイトの経験を[就職面接で]長々と話しても、相手が感心したりすることはありませんし、あまり意味もありません」(p.67)といったところは、そうだろうか、と思う。「誰でもできる」というところに、ひっかかる。

ヒューマンライツ誌6月号で、社納葉子さんが「ファストフード店の厨房で見えてきたこと」を書いている。社納さんが5年勤めたパート仕事で知ったこと、学んだことのなかで"「マニュアル仕事」という固定観念"がまずあげられている。
▼ファストフード店の仕事は「マニュアル仕事」と呼ばれてきた。イラストや数字で端的に説明されたマニュアルが綿密に組み立てられていて、「誰にでもできる仕事」というわけだ。「スーパーのレジ」にも同じニュアンスがある。(略)
 要するに「いくらでも替わりのきく仕事」というわけで、軽く見られているのは確かだ。実は私にもその先入観があった。しかし三カ月働いてみて、「いや、そうでもないぞ」と思ったのだ。(ヒューマンライツ誌6月号、p.53)

確かにマニュアルはあって、その通りにやれば誰がやっても同じことができる。だが、現実にはなかなかその通りにやれない、つまりは機械器具の故障や不調、スタッフ不足、通常の何倍もの来客…その途端「マニュアル」から「臨機応変」に切り替えられ、そこからは優先順位を考えながら動かなければならないのだ。

「決められた通りにやるのはもちろんだが、一方で柔軟に対応することも求められる。廃棄などで店に損害を与えず、しかもオーダーには迅速に応えて客を満足させる。マニュアルに忠実なだけでは仕事にならない。」(p.55)と社納さんは書く。

「誰にでもできる仕事」と思われている仕事が、マニュアル対応だけでは決して成り立たないという実際を、まさにその仕事をしていた社納さんの書くもので読むと、この『就活のまえに』の著者が仕事とはこんなもんであると説教調に述べている一方で「飲食店やファーストフード店といった誰でもできる一般的なバイト」などと書くのが、滑稽に思えてくるのだった。

4章「説明できる自分があるか」に、商社の就職面接で「学生時代に読んだ本の中で、最も面白かった本は何ですか」(p.85)と聞かれた学生の話が出てくる。著者はこのあとに続けて、その学生が『ポーツマスの旗』と即答し、その理由として小説の主題を説明したと書き、さらにその面接から一週間後に二次面接に進んだところ、最初に本の質問をした人がいて、「私も『ポーツマスの旗』を読んでみました。ほんとうにいい本ですね。良い本を教えてくれてありがとう」(pp.85-86)とその学生が言われたと書いている。

この部分は、本や映画によって多くの「経験」や「体験」を追体験し、そのことで自分自身と出会い、向かい合い、他人に対して「自分というオリジナルなメッセージ」を伝えることが可能になる、という文脈で書かれている。「こんな本が良いと思い、それはこういう理由からだ」と語れる"自分"があるかどうか、ということだろう。

あるいは、7章の「「職業」と「道楽」について」では、「例えば面接で「学生時代に読んだ本を三冊挙げ、その印象を述べてください」などと聞かれて、何も答えられないのでは話にならないのです」(p.170)という記述もある。ここは、バイトとサークルで明け暮れていた学生は知力が身につかず、同じように大学に入学しても、勉強を含めた時間の過ごし方の差が出てくるのだ、という文脈で書かれている。

私自身は本を読むのが好きだし、読んだ本について話すのも好きだし、本の話をすることで自分というものがそれなりに出てくると思えるし、それは他の人に対しても同じように思うので、尋ねてよい場面であれば「最近どんな本読んだ?」とか「最近おもしろかった本は?」という話はむしろしたいほうだ。

ただ、私のなかには「愛読書を尋ねるのは、就職差別につながる」という知識もあって、わざわざ『就活のまえに』といったタイトルの、就活に臨もうとする人が手に取る可能性の高い本で、それはどこまでいいのかなという気持ちもある。

厚生労働省のサイトにある「公正な採用選考について」では、採用選考時に配慮すべき事項として、「本人に責任のない事項の把握」「本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の把握」「採用選考の方法」があげられていて、その中で思想信条にかかわることとして「購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること」を把握しようとするのは、適性と能力に関係がない事項であって、就職差別につながるおそれがある、となっている。
http://www2.mhlw.go.jp/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm

6月は、就職差別撤廃月間でもあって、役所などに「働くのは私!私自身を見てください」といった立て看板やポスターが掲げられている。「私自身を見てください」というときに、どのあたりを見てもらうのが公正なことなのか、「面白かった本」を尋ねるのはまずいのか、どうなんかなーと考えた。

あと、最後の章「働くということ」で出てくる"誰にも属さない仕事"のところで、「「働く」ということとの関連で、「家事労働」について考えてみたいと思います」(p.186)以下、著者の記述は、なーんか私にはしっくりこないところがある。

たとえば、家事の大切さは(家事サービスを依頼したときの貨幣換算のような)数字に置き換えることはできないと思っている、と著者は書く。

▼家庭というのは社会を構成する基礎であり、人間の成長は基本的には家庭という共同体の存在が前提となっています。あるいは親の存在といってもよいのですが、家庭を維持するためには「家事という無償の行為」が欠かせません。無性の行為は「属さざる仕事」なのです。家庭と会社(組織)は異なっており、直接には事例として置き換えることはできない部分があるのですが、共同体という側面は同じです。(p.187)

著者はこの部分の前のところで、「誰にも属さない仕事」を率先してやることが大事で、誰かがやるだろうとか自分には関係ないと避けがちな仕事に率先してかかわることが、良い出会いへの道だ、とも書いている。

家庭という共同体において、家事などの「誰にも属さない仕事」を、結局のところ率先して(?)やることになるのは女性がほとんどだということを、著者がどう考えているのかよく分からない。家庭や家事をひきあいに出してきたここの文脈が、私にはうまくつかめない。家事の話を出してきて、著者は何が言いたかったのだろう?

そんなんで、ビミョ~な読後感なのだった。これを「就活のまえに」読んで、ほんまにええんかな…。

(6/12了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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