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難病カルテ―患者たちのいま(蒔田備憲)

難病カルテ―患者たちのいま難病カルテ―患者たちのいま
(2014/03/06)
蒔田備憲

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毎日新聞の佐賀版で2011年から1年9ヵ月、毎週1人の患者を書いた連載をもとに、追加取材などを加えて本になったもの。連載されていたときには、web版で何度か読んだ。母がいわゆる「難病」になり、私自身もかつては慢性疾患と診断されて、この病気と生きていくのだなーと思っていたので、病気モノの本のなかでも、難病モノは見つけたらわりと読む。ひとごととは思えない。

なぜ難病患者を取材したのか、ということを著者はこう書いている。
▼筆者として最も意識したのは、病気を抱えている人がどのような暮らしをしているのか、患者としての生き方がいかに多様であるかを伝えることだった。そのことが「難病」という分かりづらく複雑な現状について、近づくきっかけにつながりうる、と考えたからだ。(p.7)

本になったのを手にして、まず目次を見て、母と同病の方のページを読んだ。佐賀の方がお2人、「被災地の難病患者たち」のお2人が同病だった。それぞれの方の「生活のなかにある病気」に、母のことを断片的に思い出す。
同病の方のページを先に読んだあとは、本の最初から順に読んだ。母は難病友の会や難病連にも参加していて、当時は学生だった私が車を出して同行することが多かったため、同病の方や他の難病の方ともよく顔をあわせたし、同じように難病者のいるご家族と話すこともあった。

同病といえども「同じような人」はあまりおらず、患者それぞれに進行のはやさや症状はバラエティに富んでいた。どこへ行っても何の病気か分からず、診断がつくまでに長くかかっている人が多かった。母が異常を感じてから1年ほどで確定診断をうけたのは早いほうなのだった。数年かかって、やっと診断がついたという方もいた。

それでも、確定診断がつけばまだよかった。病名もつかないような症状に苦労している方もいた。希少な難病だと、それだけでも大変だと知った。母は母で苦労があったと思うけれど、母の病気は厚生省の特定疾患に指定されていて、医療費は公費負担(母が生きていた当時)、障害者手帳をとり、障害年金も受給できていたのは、病名さえはっきりしない症状で何の助成も福祉もない状況の方と比べると、"恵まれていた"のだと思える。

この本でも、かさむ医療費に不安を抱えるある患者は、「金がなければ苦しくても、死んでも、構わないというのがこの国がしていることなのかな」(p.294)と現状の制度に落胆している。お金がかかるので、日に3度のむ薬を、1度にしているという患者もいる。

巻末の「解説」では、大野更紗さんが「治療困難な希少な難病は、「研究」の対象としては助成の対象になっても(研究協力への見返りとしての医療費助成)、「福祉」の対象とはされてこなかった。しかも、研究対象となる疾患は限られており、数千種類もあると言われる難病の多くは、公的な支援を受けられないのが現実だった」(p.446)と書いている。

母はいつだったか治験に参加したこともあった。ダブルブラインドの治験で、自分が本当のクスリを与えられているのか、それともプラセボ(偽薬)を与えられているのかも分からないものだった。残念ながら母には何の効果も見えなかった。それでも、病気が進行するなかで母は「新薬開発」を待ち望んでいた。

この『難病カルテ』は、世にある難病をあまねく網羅しているわけではないが、治らない病気を抱えて生きる暮らしの実情と、難病になった生活が今の社会制度のなかでは苦労の多いものになりがちなことを、患者一人ひとりの姿をとおして伝えている。

患者の就労問題は、母が死んで15年経っても、あまり変わってないなと思う。難病患者の就労問題を研究する春名由一郎さんへのインタビューにこんな箇所がある。

▼研究を始めた当時、「病気だから働く必要はない。障害認定があるのだから難病支援は必要ないでしょう」という声が多かった。実際は違います。障害認定を受ける程ではないけれど、疲れやすく、通院が必要な人がいる。症状が悪くなったり良くなったりすることもある。「健常者」でもないし、「障害者」でもない。現行制度の「谷間」に陥る人たちが多く存在することを知り、支援の必要性を考えるようになりました。(p.246)

▼就労支援がなければ、難病対策は画竜点睛を欠きます。医療の進歩により就労できるほどの治療効果を得られても、適切な配慮がなく、「仕事に就くと体調を悪化させてしまう」というのでは、元も子もありません。就労支援は、治療の効果を上げるためにも意味があるのです。ですから、高額な医療費のために命を削って働かざるをえないという歪んだ状態は解消したいと思います。慢性疾患患者は世界中で急速に増加していますし、「患者」を排除しては社会が成り立たない。治療と仕事の両立をしやすくすることは、不可欠の課題なのです。(p.250)

難病患者の治療と仕事が両立できるような社会は、多くの人にとって生きやすいだろうなあと思う。長時間すぎる労働や過労死などと無縁にならなければ、そんな両立はできないだろうから。

初めて知ったこともある。母も受給していた「障害年金」は、「医師の診断に基づいて「生活上の不自由」があると認定されれば、一定額支払われます」(p.52)というもので、「「身体障害者手帳のような、いわゆる「手帳制度」とは別の制度で、手帳がなくても、受給できることもあります」(p.52)というものであるのは、私はうかつにも知らなかった。母が手帳をもっていたことと年金受給とを私はごっちゃにして認識していた(手帳に等級があり、年金にも1級・2級という等級があるのも混乱のもとだと思った)。

以下、厚生労働省サイトより
*障害基礎年金の受給要件・支給開始時期・計算方法
http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=3226
*障害厚生年金の受給要件・支給開始時期・計算方法
http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=3227
*国民年金・厚生年金保険 障害認定基準(※2014年6月1日から、障害基礎年金、障害厚生年金の障害認定基準が一部改訂されたとのこと
http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=6761

本筋ではないけれど、著者が縁もゆかりもなかった「佐賀」に赴任するさい、「イメージするのは吉野ヶ里遺跡くらい」というところは、私もそう思うので、親近感をおぼえた。著者の名は「まきた・まさのり」。患者さんの名前で読みにくいものもあったので、もう少しルビがほしかった。それと佐賀弁が私には分かりにくいところがあって、そこではじーっと前後を読んで意味を考えた。

(6/11了)

巻末の参考文献にあげられていた中で、読んでみたい本
『みぞれふる空 脊髄小脳変性症と家族の2000日』
『決してあきらめないあきらめさせない―障害者、難病患者の日常を克明に追いかけたドキュメント』
『わたしは目で話します 文字盤で伝える難病ALSのこと そして言葉の力』

*意味がよく分からなかったところ
p.22 酸素ボンベを歩いて外出することに →ここは酸素ボンベを「提げて」とか「持って」ではないのだろうか。

*読みにくいだろうと思うところ
p.168 外連味無く話す →ここはルビを振るか、あるいはかなに開いたほうがよかったのではないかと思う。(外連味=けれんみ)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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