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夕凪の街 桜の国(こうの史代)

夕凪の街 桜の国夕凪の街 桜の国
(2008/04/10)
こうの史代

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広島の被爆者でもある加納実紀代さんの『ヒロシマとフクシマのあいだ』のことをきいて、空白の十年(被爆者がなんの援護も受けずにいた十年)の話も書かれているらしく、『夕凪の街 桜の国』もこの十年の話よなーと思って、枕元に積んでいた漫画を久しぶりに読む。

空白の十年は、まさにこのタイトルの被団協(広島県原爆被害者団体協議会)の記録『空白の十年』を前に読んだことがある。

広島で被爆した皆実(みなみ)。原爆スラムともいわれた、原爆ドーム北側の集落に母と暮らす。父は被爆して翌日に死亡、妹はみつからないまま。二ヵ月後に姉が倒れ、紫のしみだらけになって死亡。

それから十年。やけどの痕が残る自分の左腕とおなじように、からだのどこかに痕を残した姿を銭湯で目にしながら、皆実は思う。
ぜんたいこの街の人は不自然だ
誰もあの事を言わない いまだにわけが わからないのだ
わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ
思われたのに生き延びているということ
そしていちばん怖いのは 
あれ以来本当にそう思われても仕方のない人間に自分がなってしまったことに
自分で時々気づいてしまうことだ

(pp.15-16)

十年経って、てっきり死なずにすんだと思っていた皆実は、体調をくずして寝込み、亡くなる。「十年経ったけど原爆を落とした人はわたしを見て「やった!またひとり殺せた!」とちゃんと思うてくれとる?」(p.33)と思いながら。

死ね、殺せとおおっぴらに呼びかけるようなことが、規制もされずにおこなわれてしまっている「いま」。たとえ自分自身はそう思っていなくとも、死ね、殺せといった主張がなされている国であることは、「原爆を落とした人」がいる国が「死ねばいい」と思ったことと、変わらないのだと気づく。

加納さんの本は、母性に根ざした運動を越えるものを提案され、ジェンダー分業によって核兵器廃絶/原子力の平和利用が両立してきたと主張されているらしい。核兵器は悪だが原子力の平和利用は善なのだという主張がほかならぬ広島で強く訴えられたという話は、『原発とヒロシマ』で読んだことがあるが、加納さんはどのように述べられているのか、読んでみたいと思う。

(5/27了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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