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華氏451度(レイ・ブラッドベリ)

華氏451度華氏451度
(2008/11)
レイ・ブラッドベリ

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『華氏451度』が焚書にまつわる話であることはぼんやり知っていたが、読まないままだった。そこへこないだ、映画になった「華氏451」のDVDが紹介された記事がよかった、映画もよさそう!と友達がその新聞記事を切り抜いて送ってくれた。

映画もみてみたいし、原作もこの機会に読もうと思い、先にブラッドベリの原作を読んでみる。私が読んだのは2008年に新版になったハヤカワ文庫で、巻末に佐野眞一の「出版不況と『華氏451度』」という文章が入っている。

タイトルにもなっている華氏451度とは、日本でふつう使う摂氏になおすと233度、これは紙が自然発火する温度だという。

主人公のモンターグは焚書官、その仕事は禁じられた本を焼き払うこと。仕事帰りに出会った、隣へ越してきたという少女・クラリスに「あんたが燃やした本のうち、どれか読んだことがあって?」と尋ねられたモンターグは、「それはきみ、法律違反だよ」と答える。みんな焼いて灰にしてしまう、灰まで焼けというのが焚書官の職務規定だと説明する。
自分はだれに会っても徹底的に観察したくなる性分だというクラリスは、「きみはあんまり、ものを考えすぎるよ」とモンターグに言われながら、こんな話をする。この都会の郊外にある200フィートの長さがある広告板は、最初は20フィートしかなかったのだが、あんまり車がはやく走るので、10倍もの長さにしなければならなくなったのだと。

それほどのスピードのジェット・カーに乗っていると、草や花をゆっくり見ることがなくて、どんなものか知らないんじゃないかとクラリスは言う。自分の伯父は、公道で車をゆっくりと走らせて、それで刑務所へ2日間いれられたのだと言う。

おそらく、クラリスとは対極的な存在として描かれるのが、モンターグの妻・ミルドレッドだ。耳には《海の貝》という小型ラジオを十年にわたってつめ続けていて、読唇術に長けているという。そしてミルドレッドは、自宅の「テレビ室」を《家族》とさえ言うのだった。

クラリスと会ったせいか、モンターグは自分が焼いてほろぼしている本が気になり始める。署長のビーティからは、《なぜ》を知りたがったクラリスが死んだことを告げられ、あの娘のように変わった人間は滅多にあらわれないが、彼女のような者がいかに不幸かをこんこんと説明される。ビーティはこう続けた。

▼おれたちの役所につとめるようになると、すくなくとも一度は、身内がうずくような思いにとらわれるものらしい。本というやつは、どんなことをいっているのか、それが知りたくなってくるんだな。その気持ちを満足させると、どういうことになるか? いいか、モンターグ。これは、おれの経験からしゃべっているんだから、信用してもらってまちがいないんだぜ。おれとしても、何冊か読んでみないではいられなかった。ところが、読んでみて、けっきょくそこには、これといって意味のあることはないのを知った。教えられることはなにもないんだ。(p.125)

モンターグはすでに、20冊近い本を自宅に持ち帰って、しまいこんでいた。妻には、もう二度と焚書の仕事に手をつけないことに決めると告げた。本を読もうとするモンターグに、妻は「刑務所に入れられるわ」と言い、本を積み上げてみせると、悲鳴をあげ、本をつかんで台所の焼却炉へ走ろうとした。

やめてくれ!と妻に平手打ちを食わせて、モンターグは言う。「いまさら、これを焼くことはできない。ぼくはこの内容を知りたいんだ。すくなくとも、一回、目をとおさないでは、ぼくの心がゆるさない。それで、所長のことばに、まちがいがなかったことがわかれば、きみといっしょに、みんな焼いてしまう。うそはつかない。きっと、いっしょに焼く。それまで、だまってみてほしいのだ」(p.134)

そして本を読みはじめたモンターグは、1年前、緑地公園で出会ったフェイバーを思い出して電話をかけた。フェイバーは、コートのポケットに詩集を隠した男で、自由教育の最後の牙城だったカレッジ(40年前に閉校)の元教授だった。

フェイバーを自宅に訪ね、ぬすんだ本を見せたとき、そのページをくりながら、フェイバーは語った。
▼「モンターグ君、あんたのまえにおるのは、情けない卑怯者のひとりですよ。このような結果になるのを知りながら、わしは口をつぐんで、政府の方針に、ひとことも反対意見を述べなかった。自分に直接関係がないときだけ、あるいは弁護し、あるいはとうとうと攻撃する。そのくせ、自分に罪のかかるおそれのあるときは、口をつぐんでなにもいわない、卑怯なインテリのひとりなんです。ずっとむかしのことになるが、あのかんじんなときにさえ、わしはひとこともしゃべらなんだ。それで、いまではわし自身、罪の意識に責められておる始末。政府はけっきょく、書物を焚く方針を決定して、そのために、あんたがたのような吏員を使用することにした。わしも当初は何回か苦情をいいたててみはしたが、いっしょに抗議する仲間も出てこんので、泣きねいりをしてしまったというわけ。いまとなっては、どうしようもないことで…」(p.165)

モンターグは、そんなフェイバーに相談したかったのだ。自分の言うことを聞いてもらえる相手がほしかった。ぼくたちがちっとも幸福になれずにいるのは、ぼくたちの手で焼き続けてきた書物がなくなったからではないか、この不満を補ってくれるのは書物ではないか、そんな疑問をモンターグは口にした。

フェイバーは、モンターグが求めているものは、書物そのものではなく、以前は書物のなかに存在した《あるもの》だろうと言う。書物とは「忘れ去ってしまうには惜しい事物を保存しておくための道具」(p.167)だと言い、たしかにわれわれの社会には三つのものが欠けているとモンターグに語りはじめた。

第一に大切なのは、われわれの知識が、ものの本質をつかむこと。書物はなぜ重要かといえば、そこにものの本質、《知の核心》が示されているからだ。第二には、それを考え、消化するだけの閑暇をもつこと。第三には、そうして学びとったものを基礎において、正しい行動に出ること。

フェイバーとモンターグは何冊か本を印刷してみようと決めた。焚書の組織を壊滅させるために、モンターグは任務に戻り、同僚の家に本を隠し、嫌疑のタネをまいて焼き払うという計画をたてた。だが、署に戻ったモンターグが出動した先は、自分の家だった。妻のミルドレッドが密告したのだ。

フェイバーにも手をかけようとするビーティを、モンターグは焼き殺し、逃走する。彼を仕留めようとする機械シェパードの追跡をかわすために、川にもぐり、鉄道線路跡をたどって、郊外の森へ向かう。

モンターグは、森で出会った人たちが、火に手をよせているのを見る。火は焼くのではなく、あたためているのだった。
▼火が奪うだけでなく、あたえることもできるとは! 生まれてこのかた、一度だって考えたことのない経験だった。そのにおいまでが、ちがった世界のものに感じられた。(p.291)

その人たちがポータブル受信機で見せてくれたテレビ画面では、モンターグ追跡が実況されていた。だが、当局はモンターグを見失い、機械シェパードとカメラはまったく別人の男にとびかかった。男の顔にカメラの焦点があてられることはなかった。捜索は終了、モンターグは死亡。漠然とした印象で、テレビ視聴者にあれはモンターグだと信じさせたのだ。

アナウンサーは「反社会的な凶悪犯罪は、このようにして、その報復を受けました」としゃべっている。テレビはまた、なにごともなかったかのようにコマーシャルの日常に戻る…。

森にいた人たちは、それぞれの頭のなかに、書物をしまいこんでいた。本そのものや写しのマイクロフィルムは、いつ見つかるかと危険が絶えないが、頭のなかなら誰だってのぞき込むことはできないし、怪しまれることもない。呼び止められて尋問されたとしても、とがめられるようなものは何一つ持っていないのだ。

戦争が終わったら、こうした記憶の書は多少なりと人の役に立つかも知れない、もちろん、世間の人たちは耳を貸さないかもしれないが、その場合は、耳を貸す気持ちが起きるまで待つだけだ、とグレンジャー老人は言った。

▼「わしたちはわしたちの子孫に、《書物》を伝えるいわゆる口伝だよ。そして、こんどはその子孫に待機させる。ほかの人間どもが耳を貸すようになるまでな。順送りというわけだ。
 むろんこういう方法では、途中で消えてなくなる《書物》も、たくさんできるにちがいない。しかし、世間の連中に、むりやり耳をかたむけさせるのも、強引すぎる相談だろう。むこうからして、訪ねてくるようでなくてはならんのだ。いったい、なにがあったのだろう? なぜ、この世界は、自分たちの足もとで、爆発してしまったのだろう? そういった疑問が生じて、はじめて話が通じるのだ。しかし、かならずそうなるときがくるはずだよ」(pp.306-307)

本を記憶によってもつ、というのは、家族への思いをつのらせながら、シベリア抑留中に亡くなった山本幡男さんの遺書を、仲間たちが記憶によって遺族に伝えた『収容所から来た遺書』を思わせる。文字を書き残すことはスパイ行為と見なされ、収容所を出るときには字の書かれたものはすべて没収された中で、仲間たちは分担した遺書を懸命に暗記し、それぞれが後に山本の遺族へと届けたのだった。

書物が焼くべきものとされる時代は、ずっと昔のことや、どこかヨソの国のことではなくて、もうそのただ中に自分たちはいるのではないかと、モンターグが暮らす社会の実情を読んでいて思った。映画もそのうち見てみたいと思う。

(5/18了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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