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[坂口安吾作品シリーズ]夜長姫と耳男(近藤ようこ)

夜長姫と耳男[坂口安吾作品シリーズ]
夜長姫と耳男

(2008/03/28)
近藤ようこ

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『桜の森の満開の下』を読んだら、その前にマンガにした『夜長姫と耳男』があるというので、図書館で借りてきた。

これもなんだかおそろしい話であった。

飛騨随一の名人とうたわれた匠の親方に「いいか!珍しい人や物に出会った時は目をはなすな」とおしえられた耳男(みみお)。大昔の師匠から順繰りにそう言われてきたという教えのとおり、夜長姫に初めて会ったとき、一心不乱に見つめた。死期の近い親方から、オレの代理にと選ばれた耳男は、使者に連れられて夜長の村へ向かい、長者にひきあわされる。

長者に耳の大きさを言われ、顔は馬のようだと言われ、姫にもほんとうに馬にそっくりだと笑われて、頭はさかまきながら耳男は一心不乱に姫の顔を見つめた。

長者は耳男をふくむ三人の匠を集め、姫の今生後生を守る仏・ミロクボサツの姿を造り、さらにはそれをおさめる厨子を、姫が十六になる正月までに仕上げるようにと依頼した。姫の気に入った仏を造った者には、夜長姫の着物を織る美しいエナコを褒美に進ぜようというのだ。
耳男は、姫の気に入るような仏像を造る気はない、いや仏像ではなく怖ろしい馬の顔のバケモノを造ろうと覚悟を固めていた。女を褒美にくれると言われて、女欲しさに仕事をするとでも思っているのか!と反発もした。

耳男ら三人は、長者の邸内にそれぞれ小屋を建てて、そこに籠もって仕事をした。耳男は心がひるむと、松ヤニをいぶし、水を浴び、足の裏を焼いた。心を奮い起こして仕事に励むため、蛇を裂いて生き血を飲んだ。「蛇の怨霊がオレにのりうつれ!」と。

耳男は、心がひるむたび、蛇をとり、生き血を呷って、残りを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。小屋を建てた草むらの蛇をとり尽くし、山に入って日に一袋の蛇をとった。小屋の天井は吊した蛇でいっぱいになった。そうしなければ、仕事を続けられなかった。

得体のしれない物ができようとしていた。耳男にとっては、姫の笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすればよかった。耳男は、像を造り終え、像の凄みをひきたてるための可憐な厨子を大晦日の夜までかかって仕上げた。

その像を、姫は「他の二つにくらべて百層倍も千層倍も気に入りました」と言ったが、耳男は思うのだった。「あのバケモノになんの凄味があるものか。オレは三年間、怖ろしい物を造ろうとしていつも姫の笑顔に押されていた。姫の笑顔こそは真に怖ろしい唯一の物だ。」

村に疱瘡が流行り、日増しに死ぬ者が多くなり、姫は耳男の造ったバケモノの像を門前にすえさせた。耳男が生き血を浴びながら咒い(のろい)をこめて刻んだ物だから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるだろうと。姫は高楼から村を見おろし、今日も人が死んだと邸内に聞かせてまわるのが楽しみのようだった。

耳男は姫になぶられているのかと思う。あのバケモノを咒いをかけて刻んだことまで知っている姫が、まだオレを生かしておくのが怖ろしい。姫の本当の腹の底がわからない。おそらく父の長者にもわからないだろう。

姫は、耳男がミロクを刻むところへ来て、「今日も人が死んだわ」と笑顔で告げる。この笑顔がいつオレを殺すかもしれない顔だと考えると、怖ろしかった。「姫に本心があるとすれば、あの笑顔が全てなのだ。」

その笑顔の怖ろしさ。ふたたび村に疫病が流行り、キリキリ舞いをして死ぬ村人を見ては、姫は村の人々がみんな死んで欲しいわと笑顔で言うのだ。そして、耳男に蛇を袋いっぱいとってこさせては、その生き血をニッコリと飲みほし、小屋にまき散らして「みんな死んで欲しいわ」と祈った。

耳男は足がすくみ、心がすくんだ。この姫が生きているのは怖ろしいと考えた。蛇をとってこさせて生き血を飲む姫は、かつて仕事部屋で耳男がやっていたことのマネゴトのようだが、そうではないだろう。姫がしていることは、人間が思いつくことではないのだ。この先、姫が何を思いつき、何をおこなうかは、人間どもの思量を超えている。オレの手には負えない、と耳男は思う。

キリキリ舞いをして死んでゆく村人を嬉々として眺める姫を見ていて、このままでは姫が村の人間を皆殺しにしてしまうと怖くてならならなかった。「この姫を殺さねばチャチな人間世界はもたないのだ」、そう心が決まると、耳男はためらわずに姫を鑿で刺した。

好きなものは、咒うか、殺すか、争うかしなければならないのよ。
おまえのミロクがだめなのもそのせいだし、おまえのバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。
いつも天井に蛇を吊して、今私を殺したように立派な仕事をして…

そう笑って言って、姫は目を閉じた。

あとがきで、近藤ようこは、安吾を初めて読んだ十九、二十歳の頃に、自分が安吾に求めていたのは爽快感で、だから女を咒う系の話は鬱陶しくてイヤだったが、年をとったからか、素直な心で「夜長姫と耳男」を読めるようになると、鬱陶しいどころか、何かの上澄みのように清らかな話だった、と書いている。漫画化することになって、「描いている間じゅう、不安や怖ろしさはあったけれど、それも麻痺するような陶酔感に充たされていた」(p.275)という。

私には清らかさはわからないが、姫の笑顔の怖ろしさは感じる。

(5/10了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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