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海炭市叙景(佐藤泰志)

海炭市叙景海炭市叙景
(2010/10/06)
佐藤泰志

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「ブックマーク」の読者さんがこの著者のファンだというのもあって(「海炭市叙景」は映画にもなっているそうだ)、こないだ新聞でこの『海炭市叙景』のことと海炭市のモデルといわれる函館市の風景が写真入りで紹介されていたのを読んで、そうや読んでみようと図書館で借りてきた。

首都がバブルに沸いていたころ、函館では青函連絡船が廃止されたのだという。小説の時代は、おそらくそのころ。炭鉱も漁業も造船も傾きつつある地方都市で暮らす人たちが、短編を重ねるようにして描かれていく。

函館へは行ったことがないけれど、『海炭市叙景』を読んでいると、まさに"叙景"で、知らないなりにその風景が浮かんでくる。そして、地方都市の国道沿いの風景がどこも似通ってきたのはこういうことなんやろうなあという海炭市の景色の変化も見えるようだった。
元スラムの小砂丘はコンクリートで埋められ、大手の会社などが誘致され、団地が建った。海炭市と合併した町では、役所の人間がやってきて新しい街作りだと古くからの住民を説得し、産業道路が通り、工業団地ができ、墓地公園ができた。

▼父のいい分を想像してみる。この街へ帰って来ても、ろくな仕事にはありつけない。若い人間の生きにくい街になってしまった。炭鉱が潰れ、造船所は何百人と首切りをはじめた。職安もあてにはならない。この正月には炭鉱に勤めていた青年が、山で奇妙な死に方をした。もう希望を持つことのできない街になったのかもしれない。だから、おまえは、俺たち齢寄りのことを考えるより、自分と自分の家族の心配をすべきだ。(pp.44-45)

首都で5年働いた仕事を辞めて、両親の住む海炭市へ妻子と引っ越してきた30の男は、父と母が揃って反対したことを考えている。

山で奇妙な死に方をしたと記憶されている青年の妹は、なぜ初日の出を見にのこのこと山へ登ったのだろうと思っている。二人して失業していた兄と妹は、大晦日のアパートで部屋中を探してかき集めたお金で、山を登るロープウェイに乗った。下りの運賃は二人分残っておらず、兄は妹だけをロープウェイに乗せて、子供の頃から昼の山は歩きなれているから遊歩道を歩いて降りるとわかれたのだった。

初日の出を見た人たちは、見知らぬ人にもおめでとうおめでとうと言いあっていた。兄と妹も誰かの新年の挨拶の声を受けた。

▼…街は一面、雪に覆われていた。家々の屋根も通りも街路樹も。
 そうだった。あの時、わたしはこの街が本当はただの瓦礫のように感じたのだ。それは一瞬の痛みの感覚のようだった。街が海に囲まれて美しい姿をあらわせばあらわすほど、わたしには無関係な場所のように思えた。大声をあげてでもそんな気持を拒みたかった。それなのにできなかった。日の出を見終ったら、兄とその場所に戻るのだ。(p.18)

著者の自死によって未完となった物語を読み終えて、1949年うまれということは永山則夫と著者は同年うまれなのだ、と思う。刑死した永山よりも7年早い死。もし生きていれば、この4月で65歳だった。

(5/4了)

*映画「海炭市叙景」公式サイト
http://www.kaitanshi.com/

海炭市叙景 [DVD]
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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