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運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語(松永正訓)

運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語運命の子 トリソミー
短命という定めの男の子を授かった家族の物語

(2013/12/20)
松永正訓

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4月初めに読んだ『誰も知らないわたしたちのこと』は、主人公の発言や訳者あとがきの内容などモヤモヤが残った。出生前診断によって「この子が生き延びることは不幸だ」と見なされた胎児が中絶される。

染色体どころか遺伝子レベルでこまごまと調べることができるようになってきて、「この病気をもって生きるのは不幸だ」「この異常があると大変だ」という線引きの範囲は、じわじわ狭まってきてる気がする。ほんとに他人事ではないと思う。

この『運命の子』は、13トリソミーの子をもった家族の話を主軸に、「「短命」と定まっている赤ちゃんを育てることで、家族はどのような形の幸せを手にすることができるのであろうか」(p.18)という、著者自身の疑問に取り組んでいる。幸せとはなにか、何をもって幸せといえるのか、この本に出てくる家族もまた考えている。
発生の過程で、通常は女親と男親から23本ずつ受け継ぐ染色体がなにかの拍子で数の異常を起こした場合、多くは流産や死産となる。だが、13番染色体、18番染色体、21番染色体が3本ある(トリソミー)胎児は、必ずしも流産にならず、生を受ける。

21トリソミー(ダウン症)は、およそ1000人に1人の割合で産まれてくる。医療レベルが上がって、ダウン症の人が大人になり、老いることは当たり前になっている。だが、13トリソミー(5000~11000人に1人の割合で産まれる)、18トリソミー(3500~8500人に1人の割合で産まれる)は、同じ染色体異常とはいってもダウン症とは異なり、複雑な奇形を多発することが多く、赤ちゃんの命は長くないことが多い(1歳を超えて生きる子は全体の10%という)。

日本の新生児医療のなかでも、13トリソミーや18トリソミーは積極的な治療はおこなわない疾患とされ、いわば見捨てられてきた病気だった。著者自身、治療をやめるどころか赤ちゃんの死に加担するようなことを1度だけやったことがある。「私の両手に罪悪感が貼り付いた」(p.16)と本の冒頭にある。

大学病院を退職したときに、著者は大きな悔いを抱えていた。重い奇形や障害をもって産まれた赤ちゃんが、もし自分の子だったら…他人の家族には説得して命を長らえるための手術の同意を得る一方で、もし自分の子だったら障害児を引き受けるのを拒否するのではないか…そんな不安が漠と胸にはあったものの、結局その自分の心と正面から向き合うことはなかったと。

▼障害児を授かるとは一体どのようなことなのだろうか。その不条理な重みに人は耐えられるのか? 受け容れ、乗り越えることは、誰にでも可能なことなのだろうか?(p.19)

この問いかけに答えるために、著者は、13トリソミーの赤ちゃんの家族の言葉に耳を傾けた。開業医となってから、自宅に帰る朝陽君(13トリソミー)の地元の主治医を頼まれた著者は、朝陽君の家族の歩みを中心に、様々な障害児の家族の話も交えて「命を巡る会話」を重ね、この本を書いた。

産まれてきた子に障害があると知った親御さんやきょうだいの話、悩みや迷い、そこから考えなおすいのちのこと、障害のこと… 印象に残る箇所がいろいろあった中で、退院して1年経ったときの朝陽君のお父さんの話がいいなと思った。

▼展利[=朝陽君の父]はネットを介した情報は要らないと言う。朝陽君の誕生日に13トリソミーを検索して以来、彼は一度もネット検索をしていない。ネット情報に意味がないとは言わないが、自分には必要がないと考えている。なぜならば朝陽君は、知識としてでなく、実在する人間として目の前にいるからだ。
 ネットで知識を得るよりも、朝陽君のここを触れば足が動く、あそこを突けば表情が変わる、そういうことを発見していくことの方が、意味があると展利は考えている。(p.162)

「知識としてでなく、実在する人間として目の前にいる」、それが親の目なのだろうと思う。(「知識として」目の前にいる人を見る医者は、おそらく多いのではないかと思う)。

その時点では、口蓋裂の手術や人工呼吸器を望まないという父の展利に、著者は「意地悪な質問をする訳ではありませんが」と、ゴーシェ病の子のお母さんがしてきた選択(人工呼吸器をつけての在宅)を紹介して、「朝陽君が苦しい思いをしても、今の決意は変えませんか」(p.163)と訊いた。

その問いかけに「変わっていくと思いますよ。あくまで今はそう思っているというだけであって、気持ちは変化しても当たり前だと思っています」(p.163)と答える姿勢も、いいなと思った。

ゴーシェ病の子をもつ親御さんの話のところでは、「治らない病気」を持つ子の親の気持ちとは…というのがあった。13トリソミーや18トリソミーは「致死的な染色体異常」と言われることもあるようだが、ここを読んで私は(人間みんないずれは死んでいくし)と思い、しかし本のタイトルにもなっているように短命という「運命」で死に至るだろうという点では、「治らない病気」のままで生き延びることは難しいから「致死」といった言葉が使われるのだろうかと思った。

母が神経難病だと診断されたとき、「この病気では死なないけれど、感染症などが命とり」と言われたことを思いだす。病気の進行の速さから、母には平均寿命は世界一というような長命は望めないのだろうと思ったことも。

それでも、歳の順からいえば、子よりも親のほうが先に死ぬ。親は、親となった時点で子よりも長い人生をすでに生きている。「治らない病気」を持ち、短命という定めを持つ子の生涯を親御さんが見続けるのと、この先は短命であろうという親を見るのとは、やっぱり違うかなとも思う。

『運命の子』は、著者が自身を振り返り、自分の心のうちをしっかりと掘り起こした率直な文章にいろどられている。この著者の姿勢があるから、私は『誰も知らないわたしたちのこと』を読んだときのようなモヤモヤした気持ちにならずに読めた気がする。「あとがき~何を感じながら執筆したか~」で、先を見通せなかった自分について、著者はこう書く。

▼それは、私が確固たる生命倫理観を自分自身の中に築いておらず、きちんとした準備もせずに、話を聞き始めたからだろう。そして朝陽君の両親の言葉を耳にしてすぐに、私は大変な不安感にとらわれた。それは朝陽君の周辺にいる人間の中で、13トリソミーという障害に対して最も偏見を抱いているのは、医者たる自分自身なのではないかと疑い始めたからである。(pp.216-217)

「倫理は思弁ではない、行動である」(p.219)と著者は学んだ。時に親御さんの話を聞きながら涙を落としそうになり、家族が辛さに向き合って前へ進んでいくのを待ち続ける根気を医師は持たなければと、自らの学びを心をふるわせながら綴る。

▼誕生死した18トリソミーの赤ちゃんの物語は、両親に話を伺いながら落涙しそうになった。そんな自分を医者として甘い姿勢だと感じたが、澄んだ心で自分は患者家族に学べばいいと思い直した。…(略)…
 障害新生児を授かるというのは誰にとっても耐えがたい不条理な苦痛である。しかしだからと言って、子どもを手放したり家庭を捨ててしまう親はほとんどいない。逃げることは叶わずその辛さに向き合わざるを得ない。長い時間をかけて、受け容れたり反発したりしながら、徐々に前へ進んでいく。医療関係者はそのことを知らなければならない。建前けの倫理で家族を説得し従わせるのは実は倫理的ではない。時間はかかっても、両親はやがて新しい価値基準を構築し始めるはずだ。家族が悲哀のそこから立ちが[ママ]上がるのを、待ち続ける今期を医師は持たなければならない。(p.218)

昨年春から実施されている新型出生前診断で、染色体異常が「陽性」と出れば現状ではほとんどが妊娠中絶を選んでいるという。調べるということ、科学技術が進むということ、病気を「治す、治療する」ということ、病気が治らないということ… この本を読みながらそういうことをまた考えて、「運命」に人間はどこまで手を加えることができるのか、「運命」をどう生きるのかと思った。私自身も。

(4/28了)

*4月初めにネットで掲載された著者インタビュー
新型出生前診断で問われる"命の選別"
「13トリソミーの子」と家族に寄り添う医師、松永正訓さんに聞く
http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/02/trisomy_n_5074329.html
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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