読んだり、書いたり、編んだり 

誰も知らないわたしたちのこと(シモーナ・スパラコ/泉典子訳)

誰も知らないわたしたちのこと誰も知らないわたしたちのこと
(2013/11/21)
シモーナ・スパラコ
泉典子訳

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出生前診断と選択的人工妊娠中絶(この小説では「治療的妊娠中絶」という訳語があてられている)が出てくるイタリアの小説。この本のことをいつ何で知ったか忘れてしまったが、しばらく図書館で予約待ちしていたのがまわってきて読む。

よく書いたと思うところもあるけど、もやもやと、どうしていいかワカラン感情にもおそわれた。

▼わたしは羊水検査はやりたくなかった。だからピエトロに、「サプライズにしておかない?以前はみんなそうしてたんだから」と言った。
 しかしこのことで彼は頑固だった。わたしより宗教心のあるほかでもないピエトロが、あらゆる問いを投げあり得るすべての答えを引きだす力を、科学に認めようとした。だから仕事の場でとりわけ目立つ粘り強さで、どんな異議もはねつけた。「この件ではぼくらはふたりでやってきたんだ」と彼は言った。「最初からいつもふたりでやってきたよね。で、ぼくは知りたい。ぼくはすべてを知りたいんだよ」(p.60)
排卵日には何がどうでもセックスするような、半ば強迫的な5年の後に妊娠した主人公ルーチェ。ピエトロは同居するパートナーだ。親からは結婚を迫られもするが、ルーチェとピエトロは結婚はしていない。

「すべてを知りたい」というピエトロに押され、といってお腹に針を刺して羊水をとるため0.7パーセントの流産の危険があることを考えないわけにはいかず、「問題は起こらない」と願いながら受けた検査の結果は、「すべてが正常だ。男の子なのも確実だって言ってたよ」(p.65)というものだった。

ピエトロが病院の外来に結果を聞く電話をかける横で、ルーチェは手をあわせ「お願い、お願い、お願い」と繰り返していた。

お腹の子に「ロレンツォ」という名もつけて、子ども部屋を用意したり、子ども用品を買い揃えたり、出産にむけて準備をしていたルーチェとピエトロ。

29週目の超音波検査で、羊水検査でもみつからなかった異常らしき徴候がみつかる。ただそれは「らしい」ということで、科学の力をもって調べても、胎児の様子を確定的に言うことはできない。イタリアで妊娠中絶が許容されている期間はすでに過ぎていた。ルーチェとピエトロは、イギリスへ飛び、検査を受ける。

ロレンツォは骨格異形成の可能性が高いらしかった。医師は「ロレンツォが分娩の直後に呼吸困難で死ぬ可能性があることを示唆するのを忘れず、成年に達する可能性があることを告げるのも忘れなかった」(p.99)。

「唯一たしかなのは胸郭が心臓と肺を圧迫していて、たとえその状態がそれ以上悪化しなくても障碍を持つようにはなるということ」(p.99)で、ピエトロはルーチェに告げる。「子どものためを思ったら、これ以上妊娠を続けないほうがいいそうだよ」(p.99)と。

ルーチェは決められない。ロレンツォがお腹を蹴るのを感じる。「わたしの息子は生きるには弱すぎて死ぬには強すぎるのだ」(p.100)と思う。

お腹のロレンツォに「出てきて、ロレンツォ。お願いだから、ここにいる科学者たちは間違っていて、過ちを犯しているのは科学のほうなのだと教えてやって。あなたは死にも苦痛にも負けたりしないって。…」(p.100)とルーチェは呼びかける。

ピエトロは心を決めているようだけれど、ルーチェは違った。
「同意します(アイ・アグリー)」という言葉を発したそのときに、自分のすべてをかけてルーチェはピエトロを憎んだ。
なぜならそうさせたのはあなただから。そうしたのはわたしだから。わたしたちだから。(p.102)

サインを求められた人工妊娠中絶同意書の上部には「目的=障碍を持つ子の出生予防」とあった。
▼わたしはそこに書かれていることを読みもしないでサインをした。わかったのは太字で印刷された文字だけだった。同意する…、理解した…、言われた…、理解した…。
 でも実際はそうではなかった。わたしは本当に、何が起こっているのかわからなかったし、これからもけっしてわからないだろうと思っていた。そしてそのときより後にわたしにできることはただひとつ、後ろを振り返ることだけだろうと。(p.105)

週数の進んだ人工妊娠中絶は、お腹のなかで胎児を薬で安楽死させて、娩出することになる。ルーチェは陣痛にくるしみ、死んだ子を出産する。

小説の後半は、「選んだ」ことがもたらしたルーチェのくるしみが描かれる。ルーチェの自問自答のなかで、「息子が味わうことになったはずの苦痛」(p.137)とか、「過酷な人生を送って欲しくなかったから」(p.137)わたしたちはそうしたといった言葉が出てくる。周りからは、「若いんだから、すぐに次の子を作ればいい」(p.136)などと言われ、ピエトロも「また作ろう」と言うのだ。

身代わりや取り替えなんか考えることができない、とルーチェは思う。

妊娠中絶から9ヵ月後、医師の診察を受けたルーチェは、元気づけようとして医師が話す内容に、こんなことを思う。
▼…それから彼女[医師]は、わたしとよく似た体験をしながら、今ではふたりや三人の子どもを持っている人たちの例を並べ始めた。健康でとても愛らしい子どもたちは、親たちをすっかり満足させているという。
 後で完璧な子どもを持つために欠陥のある子どもを葬り去るということか、とわたしは考え、生命は交換可能な商品ではないのにと思った。(p.190)

「選んだ」あとに、ルーチェは、ネット上のサークルで、同じような経験をした女性たちの書き込みを読みつづける。ピエトロとも話はかみあわない。ピエトロの母に誘われ、いやいやついて行ったピラティスの教室で、「誰かどこかに問題を抱えている方はいますか? 背中が痛いとかいうような」(p.226)と尋ねるインストラクターに、ルーチェは「はい」と手をあげて、自分の受けた治療的妊娠中絶のこと、それ以来身体中の骨が痛むことを語る。この語りには、どうしていいかワカラン気持ちにさせられた。

▼「息子には骨系統疾患がありました。まれなタイプの低身長です。おそらく出産は無理だろうと言われました。でもそれより悪いのは生き延びた場合です。きっと苦しみの人生を送るようになったことでしょう。だからわたしたちはそうしたのです。そのために外国へ行きました。この国ではそれは犯罪で、嬰児殺しとみなされるので、今ごろわたしは罪をあがなっているか、それよりも、まだ判決を待っているころでしょう。息子は骨に病気を持っていました。そしてわたしも今、そこらじゅうの骨が痛むのです」(pp.227-228)

「それより悪いのは生き延びた場合」だと語るルーチェ。私は、悪いのか?と思ってしまう。

「訳者あとがき」で、訳者はこんな風に書いている。ここもなんかたまらんかった。
▼ルーチェとピエトロは、重い障碍のあるロレンツォの妊娠中絶を決意した。彼は万一無事に生まれたとしても生存できるのはせいぜい数年で、いわゆる「低身長」のほかに、聴覚や視覚、神経や言語の発達などに障碍が出るかもしれないということだった。これほどまれな障碍を持つ子どもが中絶をされずに生まれた場合、彼には誰かがすでに引いてくれた道も、手本となる人も、仲間もほとんどなく、その人生はまさに「実験的人生」になることだろう。すべての人のすべての人生は実験的であるにしても、産んだ親にさえ支えることの困難な、まったく未知の人生にならざるを得ない。そんな子どもが自分を異質な存在だと感じる疎外感や孤独感は、底知れないものであるにちがいない。(p.226)

「出生前診断と選択的人工中絶については、じゅうぶんな情報提供とカウンセリングがおこなわれたうえでの自己選択、自己決定にゆだねることが生命倫理学における世界的コンセンサスになっています」(p.273、解説/室月淳)というのだが、すくなくとも「じゅうぶんな情報提供とカウンセリング」というのは、ちょっとウソでしょうと思う。

イタリア語はよく知らないが、主人公の名「ルーチェ」は「光」を意味するらしい。「誰も知らないわたしたちのこと」(邦題)に光をあてた部分がもっと表に出され、語りあえるようになればと思うし、「障害は不幸なのか?」という問いを、もっともっと悩めるようになればと思う。

(4/4了)

*読んだあとでネットでみつけた、最相葉月の書評
http://book.asahi.com/reviews/column/2014031600001.html

最相葉月の『いのち 生命科学に言葉はあるか』や関連の仕事をまた読みなおしたいと思った。
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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