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永山則夫 封印された鑑定記録(堀川惠子)

永山則夫 封印された鑑定記録永山則夫 封印された鑑定記録
(2013/02/28)
堀川惠子

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3月終わり、内科の長ーーい待ち時間のあいだに読み、4月になってもういちど読む。

雑誌『SIGHT』の冬号では、斎藤美奈子選「青春の3冊」のうち1冊が、この『永山則夫』だった(他の2冊は『世界泥棒』『青春と変態』)。

高橋源一郎が、「『無知の涙』だと、勉強する機会もなかった青年がああいう事件を起こして、それで獄中で学んで書いたっていうストーリーだったでしょ。違うんだよね。…(略)…僕たちは『無知の涙』のせいで、永山に関するイメージを持っていたけど、違ったんだなっていうふうに訂正させる力はあるよね」(『SIGHT』p.163)と語っている。

私も永山則夫の『木橋』『無知の涙』を読んだことがあるけど、まったく知らなかった石川鑑定の存在、1年近くかけて永山と対話した石川医師によるその鑑定記録を読んでみて、私は永山作品の何を読んでいたのだろう…と思った。

永山則夫による連続射殺事件は私が生まれる前の年に起こり、永山は私が生まれるちょっと前に逮捕され、1997年に死刑が執行された。当時、職場で新聞7紙のクリッピングを担当していた私は、朝刊の大きな見出しをおぼえている。永山はいわゆる団塊の世代にあたり、『二十歳の原点』の高野悦子も同年生まれだ。私とちょうど20違う。
永山事件では、当初、重鎮・新井尚賢医師による永山の精神鑑定がおこなわれた。それなりのボリュームがあり、必要な事項をそつなくこなしたものだったが、多くは家裁の記録や警察と検察の供述調書に頼るもので、永山の生い立ちについては「幼少期における生活環境の影響は少なくない」と書きながら、それ以上まったく踏み込んでいなかった。

永山則夫の弁護団から第二次精神鑑定をお願いしたいと依頼を受けた石川義博医師は、いったんは断った。だが、今ある資料だけでもこれほど悲惨な幼少期を過ごしていることが明らかなのに、その内容を分析もせず「影響は少なくない」のみで切り捨てている新井鑑定を、石川医師はみすごせなかった。

少年があれだけの重大事件を犯すには相当な事情があるはずで、それをカウンセリング的に、永山に自由に話してもらいつつ、話したがらないところを尋ねながら、焦らず急かさず、「本当に医師を信頼して語ることが出来るまで、待つ」という姿勢でやろうと、石川医師は考えた。

▼「永山が犯した罪について"あなたはこうだったんでしょう"とか"だから犯罪やったんでしょう"と言ったって本人はピンとこないですよね。彼自身が納得するためには、自分の言葉で、自分の体験したこと、心にうつったこと、目にうつったことを整理していかないといけないと思って。新井鑑定の『劣悪な幼児環境の影響は少なくない』という一言が本当なのかどうか、それを確かめるためにも、永山自身の言葉で語らせるしかないと思いました」(pp.58-59)

石川医師が永山と向きあい、鑑定にかけた期間は278日間。その際の永山の語りを録音した100時間以上のテープを石川医師は手放さずにいた。「貧困がうんだ悲劇」と言われてきた永山事件、「金ほしさ」の犯行とされた動機について、永山自身が真実を語っている。そうして書かれた鑑定書は、細かな文字で二段組、182頁の厚さがあった。

その内容は、「被告人、永山則夫が生まれてから事件を起こすまでに経験したあらゆる出来事の詳細と、それに伴う彼の心の軌跡、さらには犯行後の心境に至るまで膨大な情報を網羅していた。また永山則夫本人に留まらず、永山の両親の結婚生活や極めて複雑な兄弟の関係、永山の父方と母方それぞれの三代から四代前までのルーツを辿り、まさに永山則夫へと続く一族の系譜まで掘り起こしていた」(p.13)というものだった。

この本は、石川鑑定とそのもととなった永山の語りを録音したテープをもとに書かれている。「犯罪行動とその心理」を理解するには、石川鑑定ほどの質量がなければ無理だろうとつくづく思った。だが、この石川鑑定は、あれほど長時間自らを語った永山からも「これは自分の鑑定じゃないみたい」と否定されてしまう。

二審の無期懲役判決で裁判官は石川鑑定を参考にしたと思われるが、最高裁が差し戻したあとは、まるでなかったかのように一切触れられなかった。

石川医師は、あれだけの時間と労力、知力を尽くしてやったことにいったい何の意味があったのかと思ってしまった。永山自身の批判にしても、精神療法であればまた話し合い、お互いに納得もできる。けれど、鑑定ではそれはできない。「反論も対話もできず治療にも結び付けられないのなら、二度とやるまい」(p.309)と石川医師は決意し、実際、以後は犯罪精神医学の道をすっぱり退く。しかし、鑑定で永山が語り尽くした録音テープだけはどうしても捨てられなかった。

著者がこの本で書こうとしたのは「家族」だ。
▼少年事件の根を「家族」という場所に探ろうとする時、必ず問いかけられる疑問がある。
 ──同じ環境に育った他の兄弟は、立派に成長している。
 このもっともらしい問いかけは、少年の心の闇を照らし出そうとする光をいつも遮断してきた。しかし、100時間の独白は、その問いに対しても明白な答えを突きつけていた。(p.8)

この本でも、永山の語りに添って、家族のこと、優しかった長姉セツのこと、兄のひどい暴力、自分を「三度捨てた」母のこと、ほとんど記憶にない父のことが明らかにされる。石川医師は、幼い則夫を母代わりに世話した姉のセツと、母のヨシにも話を聞いている。母もまた、母に捨てられた子ども時代を送っていた。

それらをふまえて「たとえ同じ屋根の下、同じ両親の下で育った兄弟であっても、その時々の夫婦仲や経済状態によって子どもが育つ環境はまったく違うものになってしまう」(pp.68-69)と著者は書く。

▼戦前、夫婦仲は必ずしも悪くはなかった。特に網走に越してからふたりは協力し、三人の子を高校まで出している。しかし、夫が戦地から帰って来て、ふたりの亀裂は深まった。永山が生まれた昭和24年(1949)、夫の博打三昧を主因に家庭は崩壊の危機に瀕し、大勢の子どもたちを抱えた母ヨシは心理的にも経済的にも追い詰められていた。そんな最中に生まれた永山のことを、母は以前、「法律がなかったから流せなかった」とも語っている。
 歓迎されない子を身ごもった上、生まれてみたら憎らしい夫に何から何までそっくりときた。心に積らせてきた夫への憤懣は、一気にその子へとぶつけられることになった。網走で、幼い永山に乳もやらず、その世話を長女セツに任せっきりにした理由は忙しさだけではなかった可能性もある。(p.115)

永山にとって「愛情とか褒められるとか尊重されるとか、そういうもの」は長姉のセツが与えた。だが、セツは精神を病み、幼い永山のそばにずっといられなかった。小学校の6年間、ほとんど欠席ばかりの永山が、5年生のときだけは風邪で休んだ数日をのぞき毎日出席している。その1年は、症状の安定したセツ姉さんが病院から帰ってきた時だった。

▼それまで何年も不登校だった子どもが、たったひとりの人間の存在で、せっせと学校に通うようになるのである。成績表を見る限り、5年生の時に際立って成績が上がっているわけでもない。それでも永山は6日しか休んでいない。幼い子どもにとって、愛する人から愛情を注がれることがいかに大切で尊いことか、石川医師が注目した小学校の出欠記録は示している。(pp.126-127)

その日々は長く続かなかった。石川医師は「惜しい」と思う。網走で、母代わりだったセツ姉があと数年永山のそばにいてくれたら、あるいは青森の家に退院してきたセツ姉が発病することなく永山に愛情を注ぎ続けてくれたら、永山の人生は全く違うものになっていただろう、と惜しむ。

永山は集団就職で東京へ出てきてから、短い間に職を転々とする。辞めるきっかけはいつも同じ、「人間関係を作れず孤立して、何をされても被害的に受け止めてしまい、果ては身ひとつで逃げ出すというパターン」(p.175)の繰り返しだった。

自分自身を一人前にしようと永山は努力するのだが、空回りしてしまう。石川医師は、その背景をこう分析する。
▼「人が努力をしようと意欲を出すこと、つまり努力のエネルギー源は、愛情とか褒められるとか尊重されるとか、そういうものがなければ続かないし実らないんです。…(略)…それで自信や安心感を得て、やる気、努力する力が出てくるわけなんです。…(略)…いわば人間の根っこです、基本的信頼感とも基礎的信頼感とも言いますが、それがなければ人間は成長できないし努力もできない。」(p.217)

根っこがないまま努力を続け、永山は疲れ、くたびれ果て、さらに悪くなってゆく。転職を繰り返し、自殺未遂を何度も繰り返すまで自分を追い詰めていく。職場に入った最初は、熱心に働く。それは「過去の嫌な自分を消し去り、自分の弱さを補償し、完全なよき人間に変身するため」(p.218)である。だが、人間関係をうまくつくれず、誰にも相談できず、それでも頑張り続けて、無理が積もってゆく。そして、何かきっかけがあると前後の見境なく、逃避する。

東京で頼った兄たちにも見捨てられ、「セツ姉さん以外の人、全部、憎んだね…」(p.268)と、永山の心のなかには怨みがうずまいていた。その怨みが、偶発的だった東京と京都の事件のあとの、函館と名古屋の事件となってしまう。だが、その「殺人の動機」を永山はみごとに隠し通した。石川医師の前で語るまでは。

著者は大谷恭子弁護士(『それでも彼を死刑にしますか 網走からペルーへ 永山則夫の遙かなる旅』を書いた人)の話を引いている。

▼「少年事件を担当すれば誰でも気がつくこと、それはあまりに偶然が左右するということです。あの時この人と会っていれば、この一言があればということがすごく多いのです。成長期の不利益条件は誰もが抱えていて、うまくいけば乗り越えられるし、運が悪ければ外れっ放しになる。その分析を石川鑑定は見事にこなしています。少年の更生可能性は、時間をかけなければ判断できません。永山君が『新井鑑定』では語らなかったけれど、三、四年が経ってやっと語れたように、その時間が必要なのです。どうしてこうなったのかという理由は、少年事件は原因に近いから探せば分かる。それが今、まったくやられてないのが残念でたまりません」(p.342)

著者はこうも書く。
▼日本の司法は、人々が納得する応報的な刑罰を科すことばかりに主眼が置かれ、被告人を事件に向かわせた根本的な問題に向き合ったり、同じ苦悩を抱える人々に示唆を与えるような修復的な機能はほとんど果たしていません。近年の裁判員裁判では、審理の効率化や裁判員への負担軽減ばかりが優先され、被告人に向き合う作業はますます疎かにされているように感じます。
 被告人に全身全霊で向き合い、結果として治療的でもあった石川医師の試行錯誤には、事件について本質的な洞察を深めるためのヒントが随所にちりばめられています。核心を衝いたその取り組みは司法の場であまりに軽んじられましたが、それを生かしていくのに手遅れということはないはずです。(p.346)

永山が死刑執行の朝まで自分の独房に置いていた身の回り品の中に、ビニールをつなぎ合わせたカバーで大切に包まれた「鑑定書」があった。永山自身がたくさんの書き込みをしていた。他の裁判資料はすべて宅下げにした永山は、死刑執行のその日まで「石川鑑定」を手放さなかった。おそらくは、鑑定書に記された自身の生い立ちと、母の人生を繰り返し反芻したのだろう。

この『永山則夫』のあとに、『ルポ 虐待』を読んだ。大阪の二児置き去り死事件を起こした若い母に、石川医師のように全身全霊で向き合った人はひとりもいないのだろうと思った。100時間以上の録音テープや8ヵ月をかけた鑑定書とは比べられないとはいえ、なぜ彼女があの事件を起こしたのかを本当に理解するには、もっともっと時間が必要なはずで、裁判は何を明らかにしたのだろうと思う。

もうひとつ、「永山のルーツを辿り、一族の系譜を掘り起こした」という石川鑑定について読んで、『週刊朝日』で橋下徹の「本性」を暴こうとした記事の問題のことを考えた。永山の事件は「貧困が生んだ事件」とさんざん騒がれた。その見立ては全くの誤りではないのだろうけれど、貧困のなかでなぜ犯罪に至った者とそうでない者がいるのかは説明できないし、永山の動機もそれだけでは理解できないだろう。『週刊朝日』の取材班がやろうとしたことと、石川鑑定がやったことと、どこが違っているのかを、ちょっと考えてみたいと思った。

永山が事件に使った拳銃は、手のひらに隠れるような、欧米では女性の護身用に使われるものだった、というのも私には発見だった。

※誤字
p.350の参考文献リストの2行目
『発達傷害と司法』浜井浩一・村井敏邦編著 現代人文社
→発達【障】害の誤り

(3/31一読、4/23二読)

『DAYS JAPAN』2014年1月号、堀川惠子「封印された鑑定テープ 永山則夫が語った100時間」掲載

※NHK ETV特集「永山則夫 100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~」(2012年放映)
https://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/1014.html
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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