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田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」(渡邉格)

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」
(2013/09/25)
渡邉格

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何でこの本のことを知ったか忘れてしまったが、しばらく前から図書館で予約待ちをしていた。それが、『脱資本主義宣言』を読みおわるのを見ていたかのように、順番がまわってきた。

書類やら手続きやら月初からのいろいろが、とりあえず一段落して、久しぶりに手は編みものをしつつ、本を読む。手を動かしつつ朝から読んでいた本を、昼過ぎに読み終える。

「腐る経済」というのは、どうも「脱資本主義」と似ているようだった。『脱資本主義宣言』では、アメリカ様の儲けるご意向がばかすか通り、暮らしが急激に変わってしまった事態のひとつとして、「パン食」の普及についてずいぶん書いてあった。そういうのを読んだばっかりだったので、「パン」屋さんが「脱資本主義」みたいな話を書いてるのは、ちょっと「?」だったが、読んでいると、どうも似たニオイのする本なのだ。
▼「腐らない」という現象は、自然の摂理に反している。それなのにけっして腐らずにむしろどんどん増え続けるもの。それがおカネ。(p.2)

「腐らない」パンや、「腐らない」食べものがヤバイように、「腐らない」おカネもヤバイ。「腐る経済」の"腐る"で著者が言いたいのは、ちゃんと腐ることで、ものは姿を変え、土へ還り、自然のいとなみのなかで循環していく、ヤバイものは浄化される…というようなことらしい。著者の言う「腐る」には、大きくわけて発酵と腐敗のふたつがある。

▼…イーストのように人工的に培養された菌は、本来「腐敗」して土へ還るべきものをも、無理やり食べものへと変えてしまう。「菌」は「菌」でも、自然の摂理を逸脱した、「腐らない」食べものをつくり出す人為的な「菌」なのだ。
 添加物や農薬といった食品加工の技術革新も、同じような作用を引き起こしている。時間とともに変化することを拒み、自然の摂理に反して「腐らない」食べものを生みだしていく。
 この「腐らない」食べものが、「食」の値段を下げ、「職」をも安くする。…(略)
 …おカネは、時間が経っても土へと還らない。いわば、永遠に「腐らない」。それどころか、投資によって得られる「利潤」や、お金の貸し借り(金融)による利子によって、どこまでも増えていく性質さえある。(pp.73-74)

著者は、いまは岡山の田舎でパン屋をいとなんでいる。「酒種(さかだね)」でつくる「和食パン」をはじめ、天然菌を採取し、それを育ててパンをつくっているそうだ。酒種でつくるパンといえば、明治に木村屋がつくったあんぱんもそうだったなと思う。

第一部「腐らない経済」では、パンをつくって暮らしをたてていく道を選んだ著者の履歴と、その過程で出会った「菌」の声が、150年前のマルクスの声と重なっていると気づいた話が書かれている。そして、第二部「腐る経済」では、「田舎」で「パン屋」を営むこと、そこで菌を育て、パンをつくり、商いをしていく暮らしのなかで、どうやったら経済を「発酵」させ、「循環」させることができるだろうという試行錯誤が書かれている。

「都会」での会社員時代、おカネを使わされるために働かされているような理不尽を感じていた著者は、「田舎」で「利潤」を追求しない商いをやっていこうとする。

▼「田舎」には、「都会」の理不尽さはないけれど、その分、便利さもない。生活を成り立たせるための条件は、「都会」よりも厳しい。おカネ任せ、他人任せでは暮らしていけないのだ。(p.165)

著者の父は大学でつとめる研究者なのだそうで、この父がゼミの学生に息子のつくる素材と技術にこだわったパンの話をしたときのことを、話してくれたことがあるという。

▼―(略)ただ、おまえたちがつくるパンは、巷で流通しているパンと比べると、やっぱり高い。スーパーやコンビニで売られているガラクタのようなパンも、国の安全基準はちゃんと満たしている。100円のパンとおまえたちがつくる400円のパンが並んでいたら、おカネのない学生は、ガラクタだと分かっていても、安いほうのパンを買ってしまうだろうとも言っていた。(p.223)

「おカネの使い方を見直すこと」が、経済を「腐らせる」ひとつの方法だろうと著者は書く。おカネの使い方こそが、現実を動かし、社会をつくっていくと書く。それは確かにそうだと思うけれど、著者が丹精してつくった「高いパン」や、フェアトレードの「高いチョコレート」や「高い服」は、おカネがある人でないとそうは買えないよなーとも思う。そのあたりで、いつも、ちょっと、モヤモヤ~とする。

この本は、かなりおもしろかったけど、もうひとつ私がどうかな~と思ったのは、「男35歳、家族の生活も賭けての大勝負」(p.21)というようなところで、パン屋は妻との二人三脚でと書いてあって、きっとそうでないと成り立たない商いであり暮らしなのだろうということは伝わるのに、こういうところにひょいと出てくる「男」って何なんやろう??と謎なのだった。

なるほどーと思ったのは、イナズマは「稲」の「妻」だという話。窒素固定といえばれんげ草(=マメ科の植物)しか知らずにいたし、それだって学校の机上で習ったことで、土にふれ、作物をよく見て知ったわけではないのだ。

▼「雷がドンと鳴ると、空気中の窒素が水に何トンと溶けるんだよ。空気中の窒素が雨に溶けこんで、それが土を肥やして米を実らせる。だから、『稲』の『妻』なんだ。昔の人は、科学なんて知らなかったけど、五感と経験で、自然のことをよく知ってたんだ」(p.200)

そして、竹細工職人の平松さんの話にも、はっとした。

▼―日本に資源がない言うんは大ウソですよね。森があって水があって、四季がめぐり、豊かな資源に恵まれています。僕は、こんなに資源が豊かな国はない思うんです。竹だって、そこら中で勝手に生えてきます。
 でも、江戸時代の終わり頃から、西洋の技術に圧倒されて、目の前にある豊かさが見えんようになってしまったんでしょうね。昔から長い時間をかけて培われてきた伝統技術が、その頃を境に、ものすごい勢いで失われていきました。
 それでも、桶屋や鍛冶屋、竹細工は、生活と密着していたから、最後まで生きながらえたんです。そこにトドメを刺したのがプラスチックです。…(略)…おかげで、切っても切っても生えてくる無尽蔵の資源の竹は、今じゃ厄介者です。使えばいいのに、誰も使いませんから。…(p.209)

"資源がない日本"観を、私もなんとなく身につけていたことに気づく。その自分に気づいて、うぉーと思う。

(3/20了)

著者のパン屋「タルマーリー」
http://talmary.com/
酒種あんぱん(木村屋総本店)
http://www.kimuraya-sohonten.co.jp/anpan
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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