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乙女の密告(赤染晶子)

乙女の密告乙女の密告
(2012/12/24)
赤染晶子

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この作品は、芥川賞をとったころに雑誌に載ったのを読んだ。その後、単行本になり、いつのまにか文庫にもなっていたのかと、久しぶりに借りて読んでみる。関東の図書館や本屋で『アンネの日記』が破られたり切り裂かれたりしているという事件が気になっていたせいもある。

この小説の舞台となっている京都の外国語大学で、ドイツ語のスピーチのゼミを担当するバッハマン教授は、テキストに『ヘト アハテルハイス』(つまりは『アンネの日記』)のドイツ語版を使っている。

教授はゼミの学生たち(全員が女子学生だという)を「乙女」と呼び、スピーチコンテストに向けて「乙女の皆さん、血を吐いてください」とのたまう。指定されたページは、「1944年4月9日 日曜日の夜」だ。隠れ家の隠しドアのすぐ後ろまで警察がやってきた日だ。教授はこの日が『ヘト アハテルハイス』の中で最も重要な日だと言う。「乙女の皆さん、アンネ・フランクをちゃんと思い出してください!」と言う。
みか子は、4月9日の日記を暗記しながら、少女の頃に『アンネの日記』を読んだときには、こんなアンネを全くおぼえていなかった、と思う。みか子たち乙女がスピーチのための暗記に懸命になり、スピーチの練習でつかえ、忘れてしまうことを怖れる、そんな大学生の日々が描かれる。乙女たちの目前には、『ヘト アハテルハイス』のスピーチコンテストしかないかのようだ。

そんな中で、教授と麗子様についての"不潔な"噂が流れる。

▼乙女の噂とは恐ろしいものなのだ。何の根拠もなく、一人の乙女を異質な存在に変えてしまう。自分達の集団にとって徹底した他者にしてしまう。その時、真実なんか全く関係ない。何よりも、「乙女らしからぬ」噂ほど、乙女にとって恐ろしいものはない。乙女を乙女ではないと決めつけてしまう。同時に、これほど乙女を魅了する噂もないのだ。(p.32)

乙女たちは、スピーチの練習よりも熱心に噂を囁いた。みか子は、黙っていた。「自分から噂を囁くことはどうしてもできなかった。」(pp.34-35) 友から、噂を信じてへんの?と問われると、「わからへんねん」「噂が信じられへん。あたしはほんまのことが知りたいねん!」とみか子は答えた。

そして、こんどはみか子が噂されるようになっていた。密告者はだれなのか。いったい自分はどうなるのか。密告されたアンネは二度と帰ったこなかった、とみか子は思い出す。

4月9日の日記を暗唱する練習をくりかえしながら、いつもみか子は同じところで忘れてしまう。教授は言う「忘れることを恐れてはいけません。アンネ・フランクという名前だけを覚えていれば十分です」(p.86)と。一番大事なのはアンネの名前だと言って、「アンネ・フランク」という名前をどの単語よりも丁寧に発音練習させている。

このアンネの名前についての、バッハマン教授の話が、強く強く印象にのこる。

▼「ミカコ。アンネがわたしたちに残した言葉があります。『アンネ・フランク』。アンネの名前です。『ヘト アハテルハイス』の中で何度も何度も書かれた名前です。ホロコーストが奪ったのは人の命や財産だけではありません。名前です。一人一人の名前が奪われてしまいました。人々はもう『わたし』でいることが許されませんでした。代わりに、人々に付けられたのは『他者』というたったひとつの名前です。異質な存在は『他者』という名前のもとで、世界から疎外されたのです。ユダヤ人であれ、ジプシーであれ、敵であれ、政治犯であれ、同性愛者であれ、他の理由であれ、迫害された人達の名前はただひとつ『他者』でした。『ヘト アハテルハイス』は時を超えてアンネに名前を取り戻しました。アンネだけではありません。『ヘト アハテルハイス』はあの名も無き人たち全てに名前があったことを後世の人たちに思い知らせました。あの人たちは『他者』ではありません。かけがえのない『わたし』だったのです。これが『ヘト アハテルハイス』の最大の功績です。ミカコは絶対にアンネの名前を忘れません。わたし達は誰もアンネの名前を忘れません」(pp.86-87)

みか子ははっとする。
密告者はわたしだ。
『今、わたしが一番望むことは、戦争が終わったらオランダ人になることです!』というアンネの言葉。アンネは、アンネのままで、ユダヤ人であるままでは生きていけなかった。

バッハマン教授はこうも語っている。
▼「…アンネがオランダを『祖国』と呼ぶ時、それはもはやアンネの自己に反するのです。決して忘れないでください。ミカコがいつも忘れる言葉はアンネ・フランクを二つに引き裂く言葉です。アンネの自己に重くのしかかる言葉です」(pp.53-54)

みか子がこんなアンネを全くおぼえていなかったと思ったように、私も『アンネの日記』は読んだけれど、こんなふうにアンネを見たことはなかった。『光ほのかに』というタイトルで長くおぼえていた『アンネの日記』を、また読んでみようと思う。

(3/16了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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