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絵本への道―遊びの世界から科学の絵本へ(加古里子)

絵本への道―遊びの世界から科学の絵本へ絵本への道
―遊びの世界から科学の絵本へ

(1999/05/25)
加古里子

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年明けの「ビッグイシュー」の巻頭インタビューが加古里子さんだった。いろんな作品のある人だが、私の記憶にのこるのは『とこちゃんはどこ』と、『からすのパンやさん』(この2冊はウチにあった)。保育園や文庫などで、だるまちゃんシリーズや、『はははのはなし』や、『ちのはなし』や、『にんじんばたけのパピプペポ』…いろんなのを読んだり読んでもらったりしてきた。

「ビッグイシュー」インタビューの最後に何冊か本が紹介されていて、へーこんな本があるのかと、この『絵本への道』を図書館で借りてきた。この本じたいが、もう15年前のものだが、加古さんが若いころに書いた文章なども再録しつつ、"絵本塾講義録"ふうの「過去と来歴」がまとめられている。

紙芝居の話、絵本の話、科学絵本の話…どれもおもしろかった。

紙芝居についての、こういうところは、こないだ映画「旅する映写機」でみた、野外上映につうじるものがあるなと思った。同じ「映画」を見るといっても、DVDを借りてきてうちでちんまり見るのとはたぶん違うものが、大勢で見る場にあるのだろう。
▼紙芝居は、大勢の人たちが同じ場で見ています。隣りの人が笑っているのを見て、ああ笑っていいんだなと思って一緒に笑える安心感があります。複数で見るからぐぐっと来るものが伝わり、それが観客に伝染します。伝わるものが伝わる距離と位置で見るものが紙芝居でしょう。「わー」という集団心理の声や観客同士の反応が出てきて面白さが倍増していきます。一人でビデオなんかを見ているのとは質的に違ってきます。しかもビデオだったら、売れ行きでしか反応がわからないけれど、生でやれば演者も反応をキャッチできます。

 紙芝居は肉声で、というか人格を通して、ストーリーを相手に伝えます。そこにはアドリブの良さがあります。反応が良ければもう一回強調するわけですね。ワーとやって受ければもう一度やる。続くかぎり何度もやります。観客と一体になろうという状況を的確につかんで演じます。これは落語とか講談にはありますけれど他にはないですね。(略)…紙芝居におけるアドリブは、本当は生の演劇の強みなのだと思います。(p.49)

「科学絵本覚え書」の第三章の話は、科学的とはどういうことか?についての、加古さんのお考えが、いいなあと思った。本に収録されているのは、過去に(1974~75年…もう40年前!)加古さんが「かがくのとも」の折り込み付録に書いたものの一部。

当時出版されていた子ども向けの科学の本や理科の図鑑類を手に入るだけ集めて読んでみて、そうして加古さんが、これらに欠けていて、もし私が本を出すなら意義があると考えたこと…「ロケット、原子、恐竜、電気、機械などをあつかえば科学であるという具合に感じますが、それはあくまでも科学的においのするものであって、科学と見るのは誤解です」(p.88)と加古さんは言う。

▼科学の本というからには、その題材が科学的な事柄であるだけでなく、その把握の仕方が科学的であることがより大事であると考えたのです。もちろんそれは、作者や編者の科学観や哲学、人間に対する態度とかかわってまいります。私の考えているところは、静的で止まっているという形ではない姿、今までも発展し続けてきたし、これからも人々の考えや賢さと共に更に大きく深く未来をひらいてゆく態度の中に科学があるということを示したいと思いました。(p.86)

そして、科学の美しさは、文学や芸術と同じような感動をもたらすもの、心をうつものなのだという。

▼科学というものは、ときに血をしたたらせて解剖を行ったり、恐ろしい条件を作り出して実験を行ったりもするでしょうが、それによって知りえた生物の仕組や物質の反応の機構といったものは、知れば知るほど美しさとすばらしさと人の心をうつ強さを持っています。それはすぐれた文学や芸術がよびおこす感動と同質であることに気づかれることでしょう。科学の周辺や理科らしきことの「うるおい」でなく科学そのものの美しさをうたいあげるべきだと考えます。(p.91)

また、図鑑や百科事典をたとえにつかって「死んだ知識が並べられているだけだ、バラバラの知識が詰め込まれただけだ」というような評が向けられることに対して、加古さんはこうも言っている。

▼いくらすぐれたものでも、いやいや押しつけられたものより、たった一つのことでも積極的な関心からはじまった知識の集積は、やがて大きくその子の科学の力を育ててゆきます。こうした興味と関心があるところでは、たといそれが図鑑や事典などの知識項目の羅列であっても、そこから吸収した知識は死んだものではなく、生き生きとしたものとなるからです。要するに知識だけの本だからダメなのではなく、「興味性に裏づけられた時、知識は力となる」ものですし、その時、その本はすばらしい科学の本なのだと私は思います。(p.100)

「ビッグイシュー」のインタビューで語られていた「私のおかしてきた重大な過誤」のことは、その第一にあたる「少年時代、軍人を志し、一途に心身を鍛え、勉学にはげんだという誤り」(p.210)をふくめ、作者あとがきに書かれている。

自分の作品を読んだ子どもたちが「かわいい絵や覚えたての大きな字で」感想や意見を伝えてくれることは、月に何度も落ち込むユウウツ期を支え、力を与えてくれたとも書かれている。

この本から15年経った、「ビッグイシュー」のインタビュー。加古さんの話は心に残り、出身地の武生にあるというふるさと絵本館へもいちど行ってみたいと思った。

(2/9了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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