読んだり、書いたり、編んだり 

捨てる女(内澤旬子)

捨てる女捨てる女
(2013/11/20)
内澤旬子

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『身体のいいなり』に書かれたような身体の変化のせいなのか、著者は気持ちまでが変わって、"なんでも貰う拾う集める貯める暮らし"から、捨て暮らしに一転する。捨てて、捨てて、捨てまくる日々が綴られる。とくに私が気を引かれるのは、紙と本の捨てぐあい。うちも紙だらけなので。

製本の趣味のため「…素敵だからいつか何かに使えそう」と買った紙が、うんざりするくらい溜まっていたのも、ごっそり人にあげたり手放したり、紙を捨てまくった著者。

▼で、いざ紙ががっさりとなくなってみても、すでに別居したときに紙と離れてることもあるし、今現在本を作っているわけでもないので、特に困るわけでもないんだな。
 これが、妙にじわじわと、ボディブローのように、こたえた。いざなくしてみて、ああやっぱり困る!!と嘆くほうが、まだ良かったようだ。どうやら資料本以外、何を捨てても特に困らない。ってことは、もう自分はこれまで積み上げた過去にも、これからの現世にも以前ほど興味や執着がないんじゃなかろうか。…なんだ、このがらんどう感は。なぜだろう、自分の中のみっともない執着や我欲と対峙するほうが、よっぽどましだ。
 このうつろな思いは、処分が進んでいくごとにしんしんと深まってゆくのである。(p.186)
"内澤旬子のイラストと蒐集本展"で、これまでのいっさいがっさいを、なにもかもぶちまけてどかーんと出した著者。すごい量だったという。

▼もっと綺麗に選別して飾ったほうが売れるのにというご意見もいただいたけど、こっちのが気取ってなくて、全然心地良い。あたしの25年バーンと、ぶちまけてある。あーははははははは。
 かっこ悪くて、最高だ。
 コレ全部と一緒に暮らしていたときもあったのだと思うと、感慨深い。ちょっとあれだ、たとえは悪いのだが、イラストも古本も、むきだしの死体みたいだ。雑然と、累々と横たわる死体たち。全員成仏してくれれば、さっぱりする。(pp.211-212)

だが、さっぱりするには、それらに「値段」をつけなければならないのだ。自分の過去25年分のあまりのカオスに圧倒されて、「これを自分の名において売ることの恥辱に押しつぶされそう」(p.215)になる。

いっそ百均に?とやけっぱちになる瞬間に、「待てい」と内なる金の亡者がわいて出てきた。
▼一冊百円で売っちゃあ、どうすんのおまえ? これまでいくらこの道楽にぶちこんだと思ってんの? それでまた病気にでもなって、金がないって騒ぐわけ?? 引っ越したんだろ?? 物入りなんだろ?? 馬鹿じゃねーの?? これだけの人を巻き込んでんだから、少しは体裁整えて、てめえなりの付加価値ってやつをつけて、売れよド阿保が!!(p.216)

金の亡者はそうのたまう。
p.214に入っている「金の亡者イメージ図」がおかしい。

自分のためこんできた本やらなんやらに「値段」をつけるのは、自分の仕事に「値段」をつける難しさと似て、難儀やろうなーーと思う。

(1/14了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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