読んだり、書いたり、編んだり 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さよなら、日だまり(平田俊子)

さよなら、日だまりさよなら、日だまり
(2007/07/05)
平田俊子

商品詳細を見る

冒頭にはバスが出てきて、やはり平田俊子のバス好きは筋金入りだと思う。
▼阿佐ヶ谷駅の北口でバスをおりると風が強く吹いていた。(p.3)

「わたし」は、ユカリに紹介された占い師にこれから会うことになっていたが、バスを降りてもまだ迷いがあった。会ってからも気味悪さを感じ、その言動にも不審を抱いた。私も読みながら、こんなん詐欺師ヤロと思いながら、「わたし」がユカリやその占い師との関係にはまっていくのを、なんでなんでとツッコミを入れながら読んでいた。

こわーい小説だった。こわいというか、きもちわるかった。「なんでこんなことになってしまったのだろう?」という話を1冊かけて書いてある。「何が起きたのかわけがわからない」という話だが、ふとしたことで、そういう道を選んだつもりもないのに、その道を歩いていたというようなことが起こるのかもしれない、と思わせる。たぶん、そこがこわくて、きもちわるい。いったい、どこが分かれ道だったのか。

読み終わって、そのままではとても眠れそうになく、中村うさぎの『私という病』を続けて読んで、やっと落ち着く。
図書館の書誌の「内容紹介」には、こう書いてあった。

▼用意周到な占い師と、ミステリアスな友達。浮気性の夫と、占いなんか信じないはずだった「わたし」。4人が仲よくなればなるほど、どこか不安になる。ある晩をさかいに、それは現実のものとなった-。▲


「わたし」は、夫と離婚することになった。「わたし」には理解できない理由を並べて、夫は慰謝料まで請求してきた。裁判所で調停をうけ、和解することになった「わたし」は、それまで住んでいた部屋を出る。立ち会ってくれた弁護士が、「いい部屋ですね。静かだし広いし」と言う。「わたし」も気に入っていた。できればずっと住みたかった。

▼ベランダから入る冬の日差しでリビングの床が白く輝いている。それは見飽きることのない光景だった。幸せが日だまりになってこの部屋を守ってくれている。夫と暮らしているとき、わたしはそんなふうに思った。日だまりの中にいると気持ちが安らいだ。日だまりは優しくわたしを抱きしめてくれた。この部屋の一番いいところは、広さでも静けさでもなくて、南に面した大きな窓辺に日だまりができることだった。
 日だまりをわたしはここに置いていく。この先、わたしの前に日だまりは二度と現れないだろう。(p.144)

表紙カバーの絵は、「わたし」が置いていく日だまりなのだろう。

(9/22了)
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/4764-24e2132b
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ
 
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。