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お友だちからお願いします(三浦しをん)

お友だちからお願いしますお友だちからお願いします
(2012/08/11)
三浦しをん

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こないだ読んだ『本屋さんで待ち合わせ』とセットみたいな本(とくに装画が)。『本屋さん』には並べて見ろ!と書いてあったので、図書館で『本屋さん』を返して、『お友達から』を借りるときに、並べてみる。図書館のカウンターの人が、「あ?同じ本じゃないんですね」と。

よく似た装画だが、なかみは、『本屋さん』が書評いろいろで、『お友達から』はエッセイ集。いろいろな媒体から「ご依頼をいただいて書いたエッセイ」で、「多くのかたの目に触れるであろう雑誌や新聞に掲載されるエッセイなのでよそゆき仕様である!」というもの。

三浦しをんのエッセイは、仕様がどうあれ、ぬふふふふと笑いを催すものが多い。この本も、あちこちで笑いを催す。
笑えるが、笑えないところもある。三浦しをんは、母の理不尽な言動に抵抗してきた歴史がある。三浦しをんから見た「事実」と、その母上から見た「事実」との間には、おそらくズレや食い違いがあるだろうけれど、娘たるしをんの抵抗の跡を読むと、母に対するうずまく思い、ときに「殺」とか「死」という文言が本物になるという思いは、「なにをおおげさな」とは思わず、そらそうよなと思える。

三浦しをんが、事情があってしばらく一緒に暮らしたという90歳の祖母のことを書いた「祖母とわたし」、そして「祖母の死」は、同じ身内といっても父母や弟を書いたものとはまたトーンが違って、しんみりするところがあった。20年ほど前に死んだ祖母のことを、ぼんやり思いだしたりもした。

▼お年寄りと接していると、ものすごくファンキーな発言や奔放な行動に驚かされることがあるが、年を取るとは、いろんなもの(恐怖や常識やしがらみなど)から自由になっていくことなのかもしれない。だとしたら、加齢は人間の精神にとって大きな救いだし、生命が本来持つ自由さを証す、希望とも言えるだろう、(p.77)

祖母と自分という位置、祖母は「おばあちゃん」として私の前にいて、それはうまれたときからそうなので、なかなかその位置からそれてものを見ることはできないのだが、祖母にも子どもだった頃があり、青春の若い日があったということを、祖母の話を思いだしながら、考えてみたりする。身内でなくとも、年を取った人に接するときに、みんな生まれてからここまで生きてきたんやなーと、ふと思う。

▼…目に見えるなにかを生まないならば、そのひとの生は無意味だと断じるような、妙な考えには取り憑かれたくない。
 生きて死ぬ。生き物はそれだけで充分なのであり、「なにかをしなければいけない」といった考えからは完全に自由な存在なのであり、だからこそひとつひとつの生命が尊いのではないか。
 そんなことを、祖母の死に顔を見て思ったのだった。(p.79)

(9/15了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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