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わたしのままでママをやる(よしもとばなな、内田春菊、中村うさぎ、倉田真由美、斎藤学)

わたしのままでママをやるわたしのままでママをやる
(2012/01/23)
よしもとばなな、内田春菊、中村うさぎ、
倉田真由美、斎藤学

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「ブックマーク」のアンケートに書いてあった本の著者が、なかなかすごいメンツなので、図書館で借りてみた。第1部は「愛し、育む。ばなな流子育て」、第2部は「「新しい母」宣言!」で、時間的には第2部を先にやって、本にするにはちょっと量が足りないというので、第1部の対談がもうけられた、らしい。

巻頭には、ばなな作品から、いろいろと引用が載っている。それを読んでいて、私は「みずうみ」(『みずうみ』)と、「ちんぬくじゅうしぃ」(『なんくるない』という本に入っているらしい)を今度読んでみたいと思った。

個人的には、うしろの座談会のほうがおもしろかったけど、第1部のばなな×斎藤学の対談では、母になって母の見方は変わってきたか?というところが、印象にのこった。
 母親になってから、ご自分のお母さんに対する見方は変わってきたりした?
 ばなな 変わりましたね。やっぱり、体が弱いのは大変だっただろうな、と思います。私が母に抱いていたほとんどのマイナス要素は、性格のせいではなく、常にしんどいという体の弱さから来ていたんだということが分かって、ものすごく許せるようになりました。それは、ただ年齢を重ねているだけでは分からなかったことですね。物理的に、座ったり、立ったりするのもしんどかったんだろうな、とか。子ども心に、「なんでもっと私のために動いてくれないんだろう」と思っていたのが、解消されましたね。

 子どもを産まなくても分かったことってあると思うんですけど、自分が一歩も動けないときに、あらぬところで子どもにオシッコされたりするときに、立ち上がる力が、うちの母は体が弱いからなかったんだ、と思いました。そういうふうに、体で分かるから、悪いことしたな、とは思いませんけど、「ああ、そうだったんだ」と腑に落ちることはとてもあります。やっぱり、大人になるって素晴らしいことで、だんだん親の関係の構造が見えてくるというか、「自分には関係ないこと」として見られるようになりますからね。(p.65)

私の場合は、母はえらく頑丈な人で、私は「からだがよわい」と言われていた子どもだったから(入院したり、病院通いもあったし、体育全面禁止だった頃もあった)、こういうばななの回想を読むと、母は、自分とちがってひよわな子どもを、どう思ってたんかなと考えたりした。

第2部は、中村うさぎ、内田春菊、倉田真由美の3人と斎藤学との座談会で、この後半は斎藤の患者たちも質疑に加わって、治療ミーティングのようになっている。いろんな母がいて、いろんな娘がいるんやなーと思う。そういうことは大人になっていけばだんだん分かってくるが、子どもの頃には「自分ちの親」以外はなかなか見えてこないから、それで苦しいこともあるしなと思った。

斎藤はこう言い、
 「お母さん」のことを考えてる人っていうのは、「お母さん」で悩んでいる人だと思う。(p.119)

くらたまはこう言う。
▼「尊敬」という言葉を親に対して使う人がけっこういますが、その気持ちが分かったことは一度もないですね。(p.125)

子どもを育てることについて、この国がどういう扱いをしているか、春菊の指摘がスルドイ。
春菊 私は少し前に、「ベビーシッター費が仕事上の経費で落ちない」っていうのを知って。それで、追徴課税をえらいとられたことがあったんです。それは、預ける費用も国が認めてくれないってことじゃないですか。「預けて仕事をするな」っていわれてるんだと思うんですけども。保育園代も多分落ちないんじゃないかと。(くらたまに)落ちます?
 くらたま 落ちないと思います。
 春菊 落ちないですよね。「それは個人的なこと」って言われるんですよ。「私のベビーシッターの人は、アシスタントや仕事全般、手伝ったりしてくれてます」って言ったんですけど。それでも「領収書がベビーシッター会社の領収書なので認めません」って言われたんですね。(pp.146-147)

おしゃべりの効用、情報交換の効用について、春菊が、「共依存」を防ぐ効果があると思うと語っているところも印象的だった。
▼なんか、共依存で成り立ってる男女って、男がとんでもない欲求を出してるのに、女がそれをずーっとかなえてるって、私にはおもえて。「えー、フツーそんなじゃないよね!?」って言い合える仲間がいれば、そういうふうにはならないような気がする…。(p.157)

うさぎもそれに同調。
▼殴る男の特徴って、女と自分を密室化する。でも、ホストもやる。…やっぱりそうやって、「囲い込む」ってことで、情報を遮断するっていう…。あと、親しい女友だちと「切らせたり」するよね。(pp.157-158)

「切らせる」「囲い込む」というところは、殴る男というより、性別問わず自分のほしいままに力を振るい、ハラスメントをやっている人に通じるところやなと思う。おしゃべりや情報交換は、そういうハラスメントにやられてしまってる人にとって、ものすごく大事やとつくづく思う。

巻末には、石内都が「母のゆくえ」という小文を寄せていて、「あとがき」では、斎藤学が「母は多様化したほうが良い」と書いていて、私はふと、母がもし元気で今も生きていたら、それはそれでちょっときつかったかもしれへんなーと思ったりした。

(8/14了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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