読んだり、書いたり、編んだり 

幻想郵便局(堀川アサコ)

幻想郵便局幻想郵便局
(2013/01/16)
堀川アサコ

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ひまつぶしに借りてみたが、私にはあまりおもしろくなかった。

山の上の登天郵便局。ひょんなことからそこに勤めることになったアズサは、この郵便局がなにか違うことにだんだん気づいていく。

彼岸と此岸、冥界と現世との境目にあるという登天郵便局は、人間が死んだらここから冥界に行くという入口であり、死んだ人から生きている人への挨拶状を引きうけ、亡くなった人への手紙も配達する。

そういう話のなかで、亡くなった人、生きている人が交錯する。私には、とくに、アユムくんという、死んだ坊やについて、著者が書くいろいろが、引っかかった。
歩くという意味のアユムという名をつけられたその子は、生きてたうちは、一回も歩いたことがない、一回もしゃべったこともない、一回も口から物を食べたことがない…と、一回もしたことがないあれこれを際限なくあげた。

主人公の「わたし」には、「寝台の上でダラリと弛緩した小さな体が見えた気がした」(p.103)と続く。その情景を著者はこう書く。

▼…両親も上の子ども[アユムくんの兄]も、ただ生きているだけのアユムくんの表情のない顔を見た。両親はアユムくんを愛しているが、同時に死を願っている。こんなに苦しむだけの命なら、早く終わった方がいい。もと居た場所に静かに帰してやる方がよっぽどいい。アユムも自分たちも、それでようやく救われる。
 ――そんなことを考えるなんて、悲しいけれど。(pp.103-104)

さらに、アユムくんが、眠りながら問い続けてきたことばとして、こう記す。「どうしてぼくは、生きてるってだけでみんなを苦しめるんだろう。」(p.104)

"生きてるってだけでみんなを苦しめる"と、アユムくんに思わせてしまうものは、何なのだろう。(こんな子は生きてるだけで不幸だ)という眼差しがあるからだろうか。そういう眼差しが、著者のこころのどこかにあるんじゃないか、それでアユムくんや、アユムくんを見つめる親きょうだいを、そんなふうに書いてしまうんじゃないか、と疑うくらい、ここは引っかかってしまった。

(7/23了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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