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ルポルタージュ出生前診断―生命誕生の現場に何が起きているのか?(坂井律子)

ルポルタージュ出生前診断―生命誕生の現場に何が起きているのか?ルポルタージュ出生前診断
―生命誕生の現場に何が起きているのか?

(1999/06)
坂井律子

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『子どもを選ばないことを選ぶ』ですすめられていた本のひとつ。15年ほど前の本だが、今読んでも、十分に通じる。

▼出生前診断技術(はじめは胎児診断と呼ばれた)は、登場したころ、胎児の段階で病気を発見し、治療することができる技術だと盛んに語られていた。しかし実際には治療不可能な「病気」や「障害」が見つかり、それを理由に胎児を中絶することに結びついていった。1970年代、医学は、中絶によって障害や病気を持った子が生まれてこなくなることを「出生予防」と呼び、治療できないものは予防するのが次善の道である、という考え方に基づいて、「この技術は人類の福音だ」と語った。
 しかし、この技術は「生命を選んでよいのか」、「自分の赤ちゃんをその生命の質によって選ぶことが出来るのか」という大きな問題を私たちに突きつけたのである。(pp.6-7)

そういう技術による検査を「受けたい人は受ける」ということと、それは「障害者差別にならない」ということは、本当に両立するのか? 検査は検査として充実させ、障害者福祉は福祉として充実させればよいのだ、というダブル・スタンダードというべき論理がみられるようになって、もやもやとしたものを胸に、著者は取材を続けていく。

すでに母体血清マーカーテストが、スクリーニング(ふるい分け)としてすでに普及していたイギリスでの取材からは、"簡便に受けられて、安心な検査"が、どれほどの葛藤と苦しみを妊婦に与えているかがかいま見える。

そして、こうした検査の過程で強調される「妊婦の自己決定」が、なお女性たちを苦しめているように思えた。自己決定を保証するためにカウンセリングシステムが確立されてきた、というのは、なんだかマッチポンプに思えてならなかった。
日本での取材では、ダウン症の子を育てる親や本人の話が印象深い。

▼社会の持つ誤ったイメージがどれほど本人たちを傷つけるか、そして出生前診断技術が普及する今日、さらにそのイメージによってどれだけの胎児が中絶されてゆくのか、親たちはそれに憤っている。
 あるお母さんは言った。
「どんなに心からこの子がかわいいと言っても、世間の人は無理しちゃってとか、がんばってるとか言うんです。どうしてわかってもらえないのでしょうか」(pp.86-87)

親たちは、たとえば「誕生日はがき大作戦」として、子どもをとりあげてくれた産科医に、写真入りのはがきで「私たちはこんなに元気にやってます、幸せな毎日です」と伝える活動をしている。産科医は、子どもが産まれたときのことしか見ていない。

もしかしたら、子どもが生まれたばかりで自分たちがショックを受けていた姿しか見ていなくて、ダウン症の子が生まれないほうがいいと思うんじゃないかと考えた親たちは、自分たちはかわいい子どもとこんなふうに生きていると伝えようとしているのだ。

『子どもを選ばないことを選ぶ』のなかで、産科医と小児科医の受けとめの違いがあるかもしれないと書かれていたことを思いあわせると、こうした産科医に伝える活動は大切なことだと思う。

そうしてはがきを送る親自身が、自分も知らなかったとしたら…と語っている。
▼「出生前診断を受けたいっていう人の気持ち、わかるんです。私も顕仁[ダウン症の子]を持つ前だったら、勧められたら受けていたでしょう」
 「…私みたいに実際に接したことがなければ、そのかわいさもわからずに、ふるい分けられも仕方ないのかもしれない。でも、接してもらえればわかるはずだと思います」
 「出生前診断って、何のためにあるんだろうって考えたら、間引き以外の何ものでもないって思いました。間引かれるのはまっぴらごめんだって。障害を持っていても、大切な存在だということ、存在する価値があるということ、それをまずお医者さんの側にわかってもらいたい、そう思ってはがきを送ります」(p.93)

戦後の優生保護法が、強制的な断種手術をおこなうなど、戦前の国民優生法以上に「優生政策」を強めたものだという知識はあったけれど、「団塊の世代の大半は、いってみれば優生保護法のない時代の落とし子である。この法律の制定以降、子どもの数は劇的に減ってゆく」(p.112)という指摘は、なんというか、世界の見え方がかわったな、と思うくらい衝撃だった。

市野川容孝さんの「優生学は、むしろ反戦平和主義と結びつく傾向がある」「優生学が確立されていく時期と、福祉国家の枠組みが確立されている時期は重なっている」という指摘とともに。

福祉制度の充実が進むほど、そして出生前診断による選択的中絶が進むほど、「回避できるのに、回避しなかったことで社会に負担をかけている」といった非難が登場するだろうと著者は書いている。そうした非難がうまれかねない社会(あるいはもうそういう非難は登場しているのではないか)で、検査が「妊婦の安心」につながるとは、私には思えない。

(7/11了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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